お弁当が
290円だとか、ジーンズが
780円だとか、ちょっと常識では信じられないような価格の商品が話題になりますよね。もちろんその背景には景気が悪くて、少しでも安いものを買いたいというニーズがあり、また安くなければ売れないという現実もあるのでしょうが、こんなちょっと異常としか思えない価格競争には、どうも違和感を感じてしまうのです。
理由はいくつかあります。まず、安いのには、
安いなりの理由があるはずです。製造プロセスを簡略化したとか、効率良く売りさばいていますとか、そういう理由ならいいのですが、これだけの安値がそのようなことで達成可能なのか、素人からは非常に疑問に思います。
質が良くない程度であればまだしも、食品などの場合には健康面で問題がないのか気になります。安いものはたいてい、代替原料を使っているからです。ご存じの方が多いと思いますが、ハンバーガーが安いのは、肉に脂肪をたくさん混ぜているからですし、炭酸飲料は砂糖の代わりに安価なコーンシロップを使っています。いずれも毒とはいいませんが、健康に良くはありません。
あるいは製造過程のどこかで、
誰かに無理が押し付けられているのではないか、ということも気になります。サプライヤーが買い叩かれていたり、工場で働く方々の労働条件も心配ですし、もしや児童労働も... なんて想像しちゃいます。
もう一つは、これだけの安価な商品は、国内ではなかなか作れないだろうということです。となると、当然製造の現場は海外へ。安いものを買う→価格競争のために工場は海外へ→職を失う→もっと安いものを買うように→・・・ 以下その繰り返し。
悪循環です。つまり、無闇に安いものを買うということは、日本の職場をなくすことで、つまりは
私たち自身の首を絞めているかもしれないのです。
さらに嫌なことは、安く買ったものは、やはり値段なりにしか扱われないということです。ファストフードとはよく言ったものですが、モゾモゾと口に入れ、ゴクゴクと流し込み、それでおしまい。食事というよりは、栄養補給、いやただの
カロリー補給になり下がってしまいます。
あるいは500円とか1000円で買った服に、私たちは本当に愛着を持てるでしょうか。むしろ逆です。安ければ安いほど、愛着など感じることなく、
使い捨てになってしまうのではないでしょうか。もしかしたら、一回あたりの価格はむしろ高くなってしまうかもしれません(^^;) 環境にはもちろん、結局はお財布にも優しくないかもしれないのです。
それよりも、ちょっぴり高くても、いいものを長く使う。少し痛んできたら直したり、手を入れたりしながら使い続ける。そのうちに、そのモノの中に自分のいろいろな物語が同居するようになる。さらに自分にとってかけがえのないモノになっていく。そんな使い方の方が、はるかに楽しいのではないでしょうか。
そう考えると、安いのが本当にいいことなのかなぁと思ってしまうのです。許される範囲内ではあるのですが、むしろ
高いものを買いたいと思えてくるのです。
もちろんただ高いものを買えばいいというわけでもないし、懐具合に応じて、無理をしない範囲でというのは当然です。あるいはそのときの状況で、どうしても安いものが必要なときだってあるかもしれません。それはそれでいいと思います。
しかし、断じて安ければいいわけではありません。安いから買うのではなく、その商品の
価値に見合った対価を支払いたいと思います。そしてできれば、その
商品の背景にあるストーリーまで想像して、自分が納得するモノを、それに相応しい価格で買いたいと思います。
本当は「対価」というのもオカシイのかもしれません。等しい価値のものを「交換する」というより、自分に必要なものを準備してくれてありがとう。その
感謝の気持ちをこめて、自分が他のことをして稼いだお金を差し上げる。そのぐらいの方がしっくりきます。
お店の方に「ありがとう」と言われるのではなくて、自分の方がお店の方や作ってくれた方に「ありがとう」と頭を下げる。そんな買い物をしたいと思います。皆がそういう気持ちなれば、安ければ安い方がいい、なんて気持ちには決してならないと思うのですが... 皆さんはいかがですか?
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posted by あだなお。 at 23:59| 東京

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