2008年11月29日

社会を強くするもの

 ビッグイシュー107号(11/15号)に掲載の脳科学者、茂木健一郎さんのスペシャルトークが秀逸でした。

 脳科学の立場からビッグイシューの意味を論じているところがおもしろいのに加え、ビッグイシューを買うということで、ホームレスの方と自分が対等な関係でコミュニケーションできるようになったという指摘にもなるほどでした。たしかに、ビッグイシューはそういうコミュニケーション・ツールにもなっているのかもしれません。いえ、単にコミュニケーションだけでなく、ホームレスの方々と私たち自身の対等性、あるいは偶有性(※詳しくは本文をご参照ください)を生み出すツールにすらなっていると言えます。

 さて、その脳科学の立場からのビッグイシュー、あるいは社会的企業の意味なのですが、それは多様な価値観が制度的脆弱性を補うからだと茂木さんは説明しています。

 ちょっとカタイ表現ですが、つまりこういうことです。どんな制度にも、脆弱性(弱さ)がある。単一システムには、一見よく出来ているようでも、むしろ必ず脆弱性を持つ。それをカバーするのが、多様性だというのです。

 キッチリした制度ほど、例外的場面が出てきてしまうと弱いものです。コンピュータはそういうときに誤った答えを出したり、判断できなくなってしまうのですが、人間の知性はそれをうまく処理できる。それはコモンセンスにのっとって例外処理ができるからであり、それを可能にするのが多様な価値観の存在というわけです。

 これが多様な価値観を認めることの理論的根拠であると茂木さんは説明していますが、興味深いことに、生物多様性の意義もまったく同じです。

 いろいろな生き物がいること、すなわち生物の多様性の存在する意義も、生態系というシステム(これも一種の「制度」と言えるかもしれませんが)の脆弱性にフレキシブル対応できることにあるのです。正確に言えば、生態系そのものの脆弱性だけではありません。あらゆる種類の不測の、あるいはいつもとは異なる状況に対して、フレキシブルに対応できることが多様性の意義なのです。

 逆に、みんながある特定の場面にのみ適応して多様性が失われてしまうと、その条件が少し変化すると、全滅してしまうことすらあるかもしれません。自然も社会も、多様性が強さの源泉であるということはおもしろいですね。

 茂木さんはこのことをさらに発展させ、私たちが複数のコミュニティに属する、すなわち多様なコミュニティに属するとき、利他的な行動が育まれるといいます。多様なコミュニティが存在し、一人ひとりが多様なコミュニティに属することが社会の脆弱性を減らすわけですから、利他的行動が社会を強くしていると言えるのかもしれません。これはかなり興味深いことですね。

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posted by あだなお。 at 23:59| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近TVで観た映画のセリフ「Over-specialize, and you breed in weakness.(特殊化の果てにあるのは、ゆるやかな死)」を思い出しました。

組織の「多様性」を生態系に結びつけるあたり、さすがあだなお。さんですね。
あだなお。さんと茂木さんの対談、いつか見てみたいです。(^^)


Posted by くるみ at 2008年11月30日 23:20
くるみさん

コメントありがとうございます!

なるほど、変化しないということ自体が既に死に始めているということかもしれませんね。

一方、多様性はそれ自体が変化の結果であると同時に、新たな変化を生み出す可能性ともいえますからね。多様であることを楽しみ、喜びたいですね。
Posted by あだなお。 at 2008年12月06日 23:36
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