2009年02月10日

ワークシェアリングのためには

 昨年来の経済危機は、世界各地で雇用の悪化をもたらしています。日本では「派遣切り」に代表されるような、弱い立場の方々にしわ寄せをするような「解決」方法が取られていますが、長い目でみたとき、これは社会の安定性を失わせ、また活力も、将来の競争力をも奪う危険性を孕んでいます。「派遣」を雇用の調整弁のように扱うやり方は、公正でも、持続可能でもないやり方です。

 こうした露骨な「派遣切り」に対する批判に慌てたのか、今年はじめには経団連の御手洗会長は、「深刻化する雇用問題に対応するため、「ワークシェアリングも一つの選択肢で、そういう選択をする企業があってもいい」との考え方を示した」ものの、先月末に当のキヤノンは「経済情勢が厳しいなかで、ていねいな形で雇用問題に取り組んでいきたいが、ワークシェアリングについては現時点で具体的な考えはない」と述べるにとどまり」(NHK)、あまり本気で考えているわけではなさそうです。また、そもそもワークシェアリングや派遣切りをしなくても、もうしばらく雇用を維持するのは可能だという指摘もあります。
《参考リンク》
■「労働者は雇用調整弁か、経団連トップの無責任体質あらわに」(JanJan、2008年12月12日)
■「御手洗氏のワークシェアリングは賃金抑制が狙い」(JanJan、2009年1月14日)

 欧州では、政治家が「大量解雇の回避措置として、産業界は可能な部分ではパートタイム労働を活用して雇用を維持すべき」という発言も始めているようです。

 ワークシェアリングと言うとオランダの成功例がオランダ・モデルとして有名ですが、これは政労使三者による協定である「ワッセナー合意」によってはじめて可能になったものです。

 この合意で労働組合は賃金抑制に協力し、企業はワークシェアリングを積極的に導入することによる雇用の維持拡大を図り、また政府は減税と財政支出の抑制を図り、同時に企業投資を活発化することで雇用を増加させたのです。

 つまり、単純にワークシェアを導入するというだけで問題が解決するわけではなく、政労使それぞれが努力し、痛み分けもして可能になったのです。

 専門家に言わせると、オランダ・モデルは多様就業対応型あるいは雇用創出型のワークシェアリングであり、緊急避難の雇用維持のためのワークシェアリングとはそもそも位置づけが違うとか、同一労働同一賃金が実現されていない日本では著しく困難であるとか、たしかにごもっともです。

 ただ、ここでもっとも注意しなければならないと思うのは、ワークシェアリングを行うためには、やはり痛み分けが必要だということです。自分たちの給料が多少下がったとしても、職を完全に失う人が大量に出ることを防げれば良しとする。そういう連帯意識なしには、ワークシェアによる問題解決はあり得ないということです。

 もちろん、一番責任を感じるべきは派遣を雇用の調整弁としか考えない企業ですし、ましてや正社員と派遣社員の利害が背反するのをいいことに、両者を対立・分断させようと考える経営者がいたとしたら、それは本当に卑劣です。

 そうした策に嵌まらないためにも、そして何より私たち自身の社会をより安定で持続可能なものにするためにも、私たち自身がワークシェアリングをもう少し積極的に考える必要があるかもしれません。手取りは減ったとしても、生活できる水準の収入があれば、増えた時間で生活をより充実させたり、得ることも多いはずです。むしろワークライフバランスを実現するための好機と捉えるぐらいの、発想の転換も必要なのかもしれません。

 え、僕ですか? そもそもいくら働いても収入はまったく変わらない身の上です(^^;)  どなたか仕事をシェアしてくださる方がいれば、もう大歓迎です(笑)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
皆さんはワークシェアリング、どう思いますか?
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posted by あだなお。 at 23:59| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 労働・雇用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この問題は根が深い。
みんな言わないけど、10年前製造業は海外移転を考えていたんだよね。マスコミは先進国は金融立国でおk、とか煽ってたし。海外移転は思いとどまった経営者も景気循環を考えて正社員を増やさなかった。いま経営者はそのときの判断が正しかったと胸を撫で下ろしている。正社員にしていたらリストラコストで倒産しかねなかった。
だいたい日本企業が金儲け体質になったとか批判するマスコミは昔は金融自由化とか”国際化”とかもてはやしてたじゃん。今日の状況はその必然の結果だよなあ。いまの日本の経営者は世界水準では低い利益率を上げないと買収される恐怖に追い立てられながら中国人の人件費と競争しなきゃならない。経営者やら政治家やらが経済という「自然法則」を自由に操作できると考えること自体が夢想的だ。もしやるならプレーヤー全体を巻き込んだ国際ルールを作るしかないが、中国が乗ってくるとは思えないしなあ。
昔から日本人のホワイトカラー・サービス業は生産性低いとか騒がれていた。ワークシェア議論も結局日本人全体の賃金全体を世界水準まで下げろってことに過ぎない。それがいやなら高度で利益率の高い産業を育成するしかないが、期待薄だねえ。
Posted by エースケ at 2009年02月15日 11:29
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