改正案は前文と18条で構成される。前文には、現行法が重視していた「個人の尊厳」に加え、「公共の精神を尊び」や「伝統を継承」との表現が加わった。出典:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060428i203.htm
教育目標には、「愛国心」の表現として、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うと盛り込んだ。
かつて「愛国心」の名のもとに行われた戦争とそれにまつわる数々の非人道的行為を考えれば、多くの人が「愛国心」という言葉を、あるいはそれから連想される「お国のため」という発想に警戒心を抱くことは理解できます。僕自身も、この言葉にいいイメージを持っていません。
と同時に、今の日本は、自虐的とも言えるほどに「愛国心」のない国になってしまったのではないかとも思うのです。このことは特に、海外に行ったときに感じます。おおよそどの国を訪れても、その国の人々は、自分たちの国に誇りを持っており、胸を張って「私は●●人で、そのことを誇りに思う。自分の国●●が好きだ。」と言います。こうした発言は聞いていても気持ちがいいですし、とても自然な感情だと思います。
それでは今の日本に、「自分は日本人であることを誇りに思うし、日本という国が好きだ」と堂々と言う人がどのぐらいいるでしょうか。国旗をかかげて、日本を堂々と主張したり、応援したりできるのは、今やオリンピックやワールドカップなど、スポーツイベントのときだけになってしまってはいないでしょうか。
もちろんだからと言って、いつも国旗を掲げよ、国家を愛せ、などと言うつもりはありません。政治的な意図なしにただ素朴な気持ちで「日本が好きだ」とか、「日の丸ってきれいだな」と言いにくい雰囲気が、別の意味でファナティックにすら感じることがあります。それに何より、自分の国を愛さなければ、その国も、文化も、持続するはずがありません。
以前からそんなことが、どうも自分のなかでしっくりしていなかったのですが、今や大ベストセラーになった「国家の品格」を読んだとき、このことがスキッとしました。
著者の藤原正彦氏は、愛国心には二つの側面があると言います。一つはナショナリズム(nationalism)、つまり国益主義であり、もう一つはパトリオティズム(patriotism)、祖国愛です。「この二つのもの、美と醜をないまぜにした『愛国心』が、国を混乱に導いてしまった」のであり、祖国愛は戦争を引き起こすのではなく、「祖国愛のない者が戦争を起こすのです。」
明解かつ、卓見であると思います。愛国心の意味をわざと祖国愛から国益主義にすり替える人が二度と出てこないように、この二つを峻別するように、愛国心という曖昧な言葉を避けることは、とても良いやり方のように思います。
もう一つ、同書の中で藤原氏は鋭い指摘をしています。氏は家族愛、郷土愛、祖国愛、人類愛を「四つの愛」と呼んでいますが、この順番が大切だというのです。家族愛の延長に郷土愛があり... なのであって、人類愛が先ではないと言います。その通りだと思います。
さて冒頭の教育基本法ですが、「国と郷土を愛する」が純粋な祖国愛だけを意味するように、そして国家が個人に優先されないことを、しっかりと見守りたいと思います。
今日も読んでくださって、ありがとうございました。
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わたしは、和歌山ナショナリストです。
我侭な人間は我侭な人間に共感できる〜
つまり、ナショナリスト=自分の国を愛するヒトは
他の国のナショナリストと共感する〜はず。
国益主義=エゴイストとナショナリストは似て
非なるものだと思います。
こんにちは。わざわざお越しいただき、またコメントもいただき、ありがとうございました。
そうですね、ナショナリストとは純粋に自分の国を愛する人という意味でああれば、そうですよね。ですから、国益主義者とまえださんがおっしゃるナショナリストは明らかに違いますね。
このように、同じ言葉を使いながらも、使う人によって、受け取る人によって、微妙に意味が違ったり、中にはわざとすり替えようとする人すらいます。だからこそ、藤原正彦さんは「愛国心」ではなく、祖国愛という言葉を勧めています。
僕の書き方が悪くて誤解を招いてしまったかもしれませんから、できればぜひ「国家の品格」をお読みになってみてくださいね。
これからもよろしくお願いします。
心底そう思ったのは10年以上前ですが、まだ私が雑誌の編集の仕事をしていた当時、伊勢神宮に取材に行ったときでした。
伊勢神宮では、何千年前から変わらずに様々な祭りがそのままに伝えられてきています。そして、何百年先の祭の為に、今日もその準備が行われています。
アンチナショナリストな方々の中には、こういった行事の保存の為に税金を使うことを無駄遣いだという方がいらっしゃるようですが、本当にそうだろうかと疑問に思います。
人類が、千年の時を超えて存続させてきたもの。その中には、千年先の人類へのメッセージが含まれているのではないかと、私はそんな風にも考えます。
またまとまらないことを長々と書いてしまいました。すみません。
伊勢神宮... まだ、行ったことないんです。行ってみたい場所の一つですね。
伝統的なことは、たとえ費用がかかろうとも、きちんと守って行くべきだと思います。それこそ、私たちの文化的な「根っこ」なのですから。
経済効率だけを言う人って、その根っこがないか、忘れてしまっている人たちかもしれませんね(^^;)