今から61年前の昭和20年6月。特攻隊として出撃する前に、最後に思いっ切りピアノを弾きたい。そう願った音大出身の特攻隊員のふたりは、佐賀県鳥栖市の小学校にグランドピアノを弾きに来ます。ピアノの音を聞いて集まった生徒達には「おまえたちの将来のために、兄ちゃんたちは死ぬんだ」と大見得を切りますが、もちろん誰とて死にたくはないのです。
死にたくない。もっとピアノを弾きたい。そんな素直な気持ちを言うことはとてもできない雰囲気の中、誰もが自分自身を追い込み、そして生きて戻れぬことを覚悟して出撃していくのです。その中には、わずか16歳や17歳の少年兵も含まれていました。
中にはエンジン不調などで、運良く自爆せずに戻る特攻隊員もいたそうです。しかし、彼らはとても自分たちが運が良かったとは思えません。待っているのは別の地獄だからです。どこにも出口のない、救いのない閉塞感だけが漂います。
これはけっして忘れてはいけない過去であり、どんなに辛くともそれを語り継いでいくのが、生き残った者たちの義務である。それがこの劇のメッセージのように思います。しかし、時間とは無情です。実話に基づくこの話が出来たのは平成2年、戦後45年目です。その当時はまだ確かにこのような戦争があったことをしっかりと覚え、語る人がいたわけですが、それからさらに15年以上たった今はどうでしょうか?
過去の悲惨な体験を、自分自身の記憶としてしっかり語れる人の数は既に急激に減っているはずです。それと同時に、過去にこのようなことがあったというリアリティもどんどん薄くなっていきます。僕が小さな子どもの頃にはまだ、新宿駅などでは傷痍軍人と呼ばれる人の姿をよく見かけました。その姿を見るだけで、自分が直接経験していなくとも、戦争が実際にあったことであることを感じることは出来ました。
しかし、平成生まれの今の子どもたちにとってはどうでしょうか。おそらく戦争は、教科書の中の歴史的出来事でしかないのではないでしょうか。彼らの両親ですら、既に戦争は経験していないのですから。ちなみに今回の観客も年齢層は高く、残念ながら世代間で経験を伝える機会にはならなかったようです。
そう考えると、過去を伝えることの難しさを痛感せずにはいられません。けっして忘れてはいけないことであっても、そこから学ばなければいけないことであっても、そのリアリティは時間の経過と共に確実に薄まっていくのです。
そしてこれはまた、来るべき未来を想像して備えることの難しさにも似ているように思います。このままでいけば大変なことがわかると頭では予想できても、それをリアルに想像し、感じ、備えることは、なかなか出来ないのです。
僕は基本的には人間の力の素晴らしさに感嘆することが多いのですが、想像力の乏しさについては、かなり悲観的にならざるを得ないことがあります。どうやって想像力を鍛えるか。どうしたら他人の立場に思いを馳せ、自分では見なかった過去から学び、来るべき未来に備えることができるのか。そういう能力が、安心できる社会、つまりは持続可能な社会を作るためにも重要な要素であるように思います。
61年前、生きたくても生きることが許されなかった若者たち。今なんでも自分の思う通りに選択し、決めることができる私たち。私たちは本当に、彼らの分まで生きているでしょうか。自分がなすべきことを再度改めて考えてみたいと思います。
今日も長文におつきあいいただき、ありがとうございました。
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コメントありがとうございます。
もしかしてごんさんは鳥栖のご出身ですか? それとも映画は別のところで撮影されたのでしょうか?
映画はご覧になりましたか? 映画と朗読劇、それぞれに違った世界なんでしょうね。
僕は人間の想像力を補うのは芸術だと思っています。大学で美学芸術学をやってきた人間としては,「美とは,芸術とは?」という問いは永遠に続く問いですが,一つの答えとして,芸術は記憶術だと思います。その場の状況を叙事,叙情とも貯蔵するものとして芸術を提示できないかと思います。
一人のそして今,生きている人間の限られた想像力を補うための芸術。
それを僕は応援したいと思っています。
ネタバレになるので書きませんでしたが、一人は特攻出撃で亡くなり、一人が偶然生き残られています。そして、生き残られた方が、ストーリーの軸になっています。
>マグマ大使さん
いい公演を実現していただき、ありがとうございました。僕の想像力を補ってくれました。
しかし、一つだけ残念だったのは、お客さんの年齢層が高かったこと。是非とも伝えたかったのは、若い人にこそですよね。どうしたら若い聴衆を増やすことができるんでしょうね。
いずれにしろ、お疲れさまでした&ありがとうございました。