2007年03月18日

ウルルンにうるうる

 ふだんほとんどテレビは見ないのですが、日曜日の夜は少しだけ見ることがあります。で、結構好きなのが「世界ウルルン滞在記」です。もはや紹介するまでもないと思いますが、僕たちの知らない、世界の日常を紹介してくれる番組です。

 そして今日のテーマは、「戦場から来た子供たちに・・・ 東ちづるが出会った」です。今回の番組は、東ちづるさんがまたドイツの国際平和村に行ったわけではなくて、かつて国際平和村で出会った子どもたちが、その後どうしているかをスタッフが現地取材したものでした。これを見たら、どうしても皆さんに紹介したくなってしまったので、今日はこのことを書かせてください。

 東さんが初めて国際平和村のことを紹介してくれたのは、1999年7月11日。それからもう7年以上も経っているのですね。その間、子どもたちは成長し、東さんはそれを支援する活動を続けました。日本からの募金は5億6千万円にもなったそうです。日本からのボランティアも多く、また彼らのお蔭で、運営方法にも変化があったといいます。

 どれも素晴らしい変化です。東さんをはじめ、ボランティアとして活動を支援した方々、募金に参加した方々。素晴らしい善意、素晴らしい行動力です。ちょっと恥ずかしいのですが、見ていて涙が止まりませんでした。始めから最後まで泣きどおしです。

 それでも、僕はすっきりしませんでした。戦争の被害にあった子どもたちを助けることはとても重要なことで、尊いことです。この活動に関わっている人たちすべてを尊敬しますが、それでも満たされない思いが残るのです。なぜなら、彼らが真剣に頑張っている7年の間に、同じような犠牲者が増えているからです。

 平和村が収容できる子供の数は、99年の80人から今では300人に増えたそうです。しかし、それでもここで治療を受けられる子どもたちは、圧倒的な少数派です。その背後に、その何倍もの子どもたちが、適切な治療を受けられずに苦しんだり、亡くなったりしています。

 そもそも、収容人数を増やさなくはいけないことが悲劇です。目指したいのは、平和村が不要になることです。起きてから対処するのではなく、元から絶たなければダメなのです。こんな子どもたちがもうこれ以上増えないように、僕たちにできることはあるはずです。

 僕たちが銀行に預けたお金が、アメリカの国債を買っているかもしれません。その一部は、イラクを空爆することに使われているでしょう。僕たちの国の「自衛隊」は、アメリカが戦争することを支援しました。自衛隊は直接武器は使ってはいないかもしれないけれど、戦闘を支援したのです。いくつかの日本企業の高い技術力は、アメリカの軍事力を高めるために使われています。僕たちは、傷ついた子どもたちに責任がないと言い切れるのでしょうか。

 では、僕たちに何ができるのか。何をすればいいのか。それは一通りではありません。いろいろなやり方があるはずです。そしてそれは、何も特別なことではないかもしれません。おかしいと思うことは、おかしいと言う。環境にも、人にも、社会についてもです。一つひとつをまっとうにしていくことが、結局はこういう子どもたちを増やさないことにつながるはずです。

 僕は東ちづるさんのこの言葉が好きです。「平和は祈るものではなく、人の手で作り、育(はぐく)むもの。」 そして、この言葉を忘れないようにしたいと思います。「あの子たちにガンバレと言わないでください。ガンバルのは戦争をしていない国の私たちです。同じ地球人として。」 今、僕たちにできるもっとも効果的なことは何か、考えてみませんか?

《関連エントリー》
■「平和は祈るものではない

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posted by あだなお。 at 23:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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