2007年06月07日

「労働ダンピング」を食い止める

 「無料お試しキャンペーン実施中! 一週間無料、一ヶ月35%オフ、三ヶ月13%オフ」一体、なんのチラシかわかりますか? 「これはコピー機のリースではなく、人間のリース、つまり労働者派遣契約の激しい争奪戦の1コマ」なのだそうです。こんなのは、もはや雇用とか労働ではありません。労働が、いや人間が、「商品化」されているのです。

 派遣、契約社員、偽装請け負い、ワーキングプア、....  働きたくても定職につけない。きちんと働いても暮らしていけない。いつの間には、日本の雇用は大変なことになっています。終身雇用や家族主義経営といった日本型経営の美風はどこへやら。いつからそんな国になってしまったのでしょうか。

 そんな日本の雇用の液状化現象を見事に捉えて、分析しているのが「労働ダンピング―雇用の多様化の果てに」(中野麻美、岩波新書)です。あ然とするしかない非正規雇用の現実が、これでもか、これでもかと紹介されています。しかし、残念ながらこれはすべて現実に起きていることなのです。

 労働問題専門の弁護士である著者は、正規雇用が請負化するなどの昨今の現状は、1986年の男女雇用機会均等法制定、労働基準法見直し、労働者派遣法に端を発すると指摘します。特に影響が大きかったのが、労働者派遣法です。

 当初はOA化に伴うニーズに対応して、専門性のある人の常用雇用による派遣が主流であり、業務内容も専門性の高い26業務に限定されていました。ところが99年の改正では、派遣を許可する業務を特定するポジティブ・リスト方式から、禁止する業務を特定するネガティブ・リスト方式に大転換し、派遣先が一気に拡大したのです。

 さらに2004年の改正では製造業への派遣が解禁になり、紹介予定派遣も法制化されました。こうなるともう制限はないも同然です。ほとんどすべての業種において、派遣先の都合で、自由に派遣を開始したり、終了したり、やりたい放題です。当然、割高の(と言うか、きちんとした処遇の)正規社員はクビにして、企業にとって都合が良く安い派遣社員に切り替え用という動きが加速します。

 つまり、ふり返ってみれば、「雇用の多様化」という錦の御旗の元に制定された労働者派遣法が、すべてのきっかけだったと言えるかもしれません。

 しかし、著者はさらに重要な、鋭い指摘をしています。ちょっと引用してみましょう。
非正規雇用化とこれによる低賃金不安定雇用の広がりが女性を源とし、しかもその非正規雇用は、男女の性役割に規定されて、長時間労働に象徴される働き方の男性モデルに対して、仕事の生活の両立をはかる家計補助的労働としての性質を有し、それゆえに低賃金不安定雇用である
(同書、p.78)

 つまり、日本ではもともと働くことに関して、男女の間に明確な役割分担が存在したのが根源的な原因なのだという指摘です。具体的には、男性は家計を維持するための長時間労働、女性は結婚前や、子育て後の家計補助的な低賃金の専門性の低い労働というすみわけです。

 こうした制度の元では、もし女性が長期間働き続けたとしても、昇給は昇格はほとんど期待できませんし、身分保障すらありません。さらに安い労働力が現れれば、簡単にすげ替えられてしまいます。

 一方男性はと言えば、人生のすべてを会社のために投げ打ち、長時間労働や単身赴任などを断ることはできないのです。これはもちろん、男性にとっても幸せな働き方ではないでしょう。

 そこで著者は、差別の撤廃均等待遇保障をキーワードに、誰もが安心して働くことができる制度を目指した改革を提唱します。より具体的には、働き方のスタイルを男性モデルから女性モデルに切り替えること。さらには、性差や、雇用形態によらない均等待遇、そして安心して働けるよう「リビングウェッジ(生活保証賃金)」を保障することを訴えています。本当は、ごく当たり前のことですね。

 これを実現するために著者は、私たちが自分の損得ではなく、同じ職場の仲間や、同じ人間として、自分の賃金が多少の犠牲を受けることがあっても連帯することや、自治体に「リビングウェッジ条例」を設置させ、これを通じて公正な労働基準を確立する手法を唱えます。

 しかし、正直な感想を言えば、私たちが毎日「生き残りのための競争」をしているようでは、これはかなり困難な目標と言わざるを得ません。しかし、これ以外に有効な方法はちょっと思いつきません。難しくても、やるしかないでしょう。

 著者はこんなことも言っています。「働くことは生きること」、「何もしなければ、悪くなるだけ」。新しい経済の仕組みに対応した新しい働き方は、私たち自身が考え、作っていく必要がありそうです。そのためにはまず、本書を読むことをお勧めします。

長文をお読みいただき、ありがとうございました。
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posted by あだなお。 at 06:00| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は世間一般からいえば恵まれた労働条件のところで働いていますが、それでも実態的には毎日「生き残りのための競争」をしており、「何もしなければ、悪くなるだけ」であるのが事実であっても、組織の在り方を変えるためのいかなる行動もタブーであり、異議を唱えたければ他に行くしかないというのが現実です。組織(雇用者)と労働者(被雇用者)の間にはゾウとアリほどの力の差があります。あるべき姿とあってほしくない方向へ向かおうとする現実の狭間で自分自身が生き残るために汲々としているのが多くの労働者の姿のような気がします。特に家族の生活を背負っている人にとっては、自分はどこででも稼げるという人を除いては、家族を人質に取られているようなものですから、危険を顧みず組織に立ち向かうことはできない。そんな動けない人々をネガティブに評するとすれば酷だと感じます。現実的には選挙(投票)によって政治を変えるところから始めるのが着実ではないかと思います。
Posted by ペンギン at 2007年06月07日 23:24
ペンギンさん

コメントありがとうございます。

たしかに、そうですね。雇用の流動性の低い日本では、まさに家族を人質に取られているようなものかもしれません。ですから、正面切って組織に異議を唱えるというのは難しいですよね。

一方で、それではまさに組織の思うツボ、まさに「何もしなければ、悪くなるだけ」というのもやはり事実だと思います。

すべての人が自分や家族を犠牲にして行動するべきとはとても思いませんが、選挙も含め、出来る範囲の行動はしていきたいですね。
Posted by あだなお。 at 2007年06月11日 23:25
労働単価下落の問題もCO2に似て、結局震源は中国だと思う。先進「国」のなかでだけ騒いでも限界有る。漏れの居る業界も景気が良いといわれているが、人件費を中韓に揃えるべく削減中(T^T)

第三世界の労働条件をリーゾナブルに変えることはグローバル耐久競争の緩和に繋がり、「情けは人の為ならず」でもあるのだと思うな〜。
Posted by エースケ at 2007年06月13日 09:28
エースケへ

そう、震源地は中国です。しかしその中国よりもっと人件費が安いという理由で、いま多くの企業がベトナムに工場を移転中です(^^;)

ただ、途上国は今や人件費のダンピングよりは労働条件に関心があるので、途上国では徐々に状況は改善されると思います。

問題は先進国。途上国にあわせて人件費が切り下げられたら、たまったものではありません。

「情けは人の為ならず」、同感です。
Posted by あだなお。 at 2007年06月15日 22:11
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