その五人とは、後の初代内閣総理大臣の伊藤俊輔(博文)、初代外務大臣の井上聞多(馨)、日本に鉄道を作った野村弥吉(井上勝)、造幣局長となった遠藤謹助、そして工部大学校(いまの東大工学部)を設立した山尾庸三です。いずれも各分野の「父」と呼ばれる偉人たちです。
《参考》
■「長州五傑」(Wikipedia)
家の近くに名画座でこの連休中に何かやっていなかなと思ったら、ちょうどこの長州五傑を題材にした「長州ファイブ
■映画「長州ファイブ -CHOSYU Five-」ウェブサイト
これはおもしろそうと見に行ってみたら、まさに大当たり。いい映画でした。
今からわずか150年前、黒船の登場に日本中が大騒ぎ。死罪を覚悟してイギリスに渡った長州の若者達が見たものは... 日本とあまりに違うイギリス。本当にこんな国と渡り合えるのかと何度も自信を失いそうになりながらも、それでも自分たちがイギリスの進んだ文明を持ち帰って日本を文明化しなければと奮闘する物語です。
僕もはじめてロンドンを訪れたときには、かつての大英帝国の圧倒的な力と栄華を想像して気が遠くなったのを覚えていますが、文明開化の前、何も知らない東洋の若者が当時のロンドンを見たら、本当に腰を抜かさんばかりに驚いたことでしょう。
命を賭してイギリスに渡り、彼我の実力の差に圧倒されながらも必死で技術を持ち帰ろうと勉強する。これだけでも十分に感動的な物語(しかも実話!)です。そして、それがわずか150年前の出来事かと思うと、先人達の努力には本当に頭が下がります。
はじめは長州という藩の役に立つことだけを考えていた若者たちが、次第に日本という国全体を考えるようになったことは興味深いものでした。イギリスの進んだ文明を見て、藩同士で争っている場合ではない、日本という国をどうするかと、より大きな視点に立てるようになったのです。
ですが、この映画で一番印象に残ったのは、山尾庸三が造船技術を学ぶグラスゴーで出会った聾唖の女性、エミリーの言葉です。
「あなたの言うように、この国は文明国かもしれない。でも、ここには2種類の人間がいるの。持つ者と、持たざる者と。そしてその2種類の人たちの道は決して交わることはないの。」
もちろん当時に比べれば、今は圧倒的に自由な、フラットな世の中になったはずです。しかし、今また世界各地で、国と国の間でも、あるいは同じ国の中でも、格差は広がっています。150年かけて、私たちはこの状況をまだ変えることができていないのです。
その持たざる者の層に属し、言葉も発することができないエミリーですが、いつも笑顔を絶やすことはありません。そのことに驚く山尾に、エミリーはこう答えました。
「でも、覚えておいて。辛い時こそ笑顔が大切なのよ」(表現はかなり違っているかもしれませんが...)
しかし、私たちは彼女の言葉に甘んじるわけにはいきません。笑顔を絶やさぬことが辛い生活に耐え忍ぶために役立つ知恵だとしても、その知恵がなくても済むようにすることこそ、持つ者の義務だからです。もちろん、今や日本は圧倒的に「持つ者」です。
山尾は日本に造船技術を持ち帰り、東大工学部の前身を設立しただけでなく、日本で最初の盲聾学校を作りました。39歳の時です。
多少の脚色はあるようですが、これはほぼ150年前の史実に基づく映画です。150年前、20代の若者がこれだけのことをできたのです。日本人であることに誇りを感じました。
けれど、これは単に過去の偉人たちを称賛する映画ではなさそうです。江戸から明治へ。黒船の到来をきっかけに彼らがこれまでの社会の仕組みを根本的に変革したように、地球環境の危機の到来をきっかけに、持続不可能な社会から持続可能な社会へ根本的な変革を成し遂げることができるのか。私たちの勇気と力が試されているように思います。
10日ほど前に、「長州ファイブ
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