2009年08月17日

マイクロファイナンス・バブル

 飛行機でWall Street Journalを読んでいたら、「マイクロファイナンスがインドのスラムでバブルを生んでいる」。そんな衝撃的な記事が一面に掲載されていました。
■"A Global Surge in Tiny Loans Spurs Credit Bubble in a Slum" (13 Aug, 2009. The Wall Street Journal)
■"Microfinance Bubble Traps Poor in Debt"(13 Aug, 2009. newser)

 このところのマイクロクレジットのブームで、次々にマイクロクレジットで借金を重ね、そこから抜け出せなくなる。最初の借金を返すために、次の借金をする。そんな多重債務がマイクロファイナンスの分野でも起きており、まさに「信用危機」が起きようとしているというのです。


 たしかにこのところのマイクロファイナンスの急成長ぶりは、ちょっと異常なのかもしれません。この記事によれば、2007年度のインドのマイクロファイナンスの成長率はなんと年72%! インドの平均的な家庭のマイクロファイナンスからの負債額は、2004年の27ドルから2009年には135ドルへと5倍に膨れ上がったといいます。

 135ドルなんて大した金額ではないと思うかもしれませんが、インドの貧しい方々は週数ドルで暮らしているのです。100ドルというのは、それに比べれば相当に大きな金額ですし、もともとマイクロクレジットの金利は実質年利24〜39%と高いのです。パンクするのは時間の問題です。

 なんでこんなことになってしまったのかと言えば、「マイクロファイナンスは儲かる」と見た企業がこのビジネスに次々に参入し、緩い審査でどんどん貸し付け始めたからです。

 借りる方も、当初は新しいビジネスを始めるための事業資金だったはずが、いつの間にかカラーテレビを買うのに使ったり、果ては前のローンを返すために、あるいは食費のためにと... 結局どこにでもある「普通の」の多重債務になってしまったのです。そしてここでも、信用危機は「作られた」ものでした。

 「マイクロファイナンスなんてもう要らない。村から金輪際出ていって欲しい」という声も今や聞かれるのだとか... 当り前のことですが、安易な貸し付けが悲劇を生むのですね。せっかく「貧困をなくし、社会を変える」手段として成功しかけたモデルなのですから、当初の目的から外れないように、厳格なルールを適用して欲しいものです。

 なお、この記事を書くためにちょっとネットを検索してみたら、そもそもマイクロファイナンスが貧困改善を裏づけるデータは存在しないという指摘もあるのですね。そして7月に出たこのNewsweekの記事の懸念、マイクロファイナンス・バブルは既に一部の地域では現実のものとなっているようです。
■「危ういマイクロファイナンス・バブル」(ニューズウィーク、2009年7月1日)

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2009年07月16日

「世界経済はこう変わる」、こう変える!

 以前神谷秀樹さんの「強欲資本主義 ウォール街の自爆 (文春新書)」が非常におもしろかったと紹介しましたが(「世界同時不況に学ぶ」参照)、その続編とも言うべき「世界経済はこう変わる (光文社新書)」がそれ以上におもしろかったので、ご紹介したいと思います。

 失礼ながらいかにも「二匹目のドジョウ」的企画で、しかも書き下ろしではなく対談。普通だったら「やっぱり読まなければよかった」と思う場合が多いのですが、この本に限って言えばそんなことはまったくありません。前作以上に役に立つ本だと思います。

 その理由は、この本には前作にはあまりハッキリとは述べられていなかった、これからどうなるかが、何をすべきかが、明確に示されているからです。神谷さんのビジネスに対する思いも、さらに明確になっているように感じました。

 昨年秋以来の世界経済の失速は今ちょっと持ち直しているかのようにも見えますが、神谷さんと小幡績さんは、「この程度で済むはずはない」。「資本主義は終わった」のであり、「既に大恐慌が来ている」という恐ろしい認識で一致しています。

 また現在アメリカも日本も、財政出動でこの危機を乗り越えようとしていますが、これも間違った政策であり、下手をすると財政出動をし過ぎたことにより財政破綻を起し、通貨が価値を失うと指摘しています。理論的に考えればその通りなのですが、誰もが「そんなことはない」とタカを括っている、あるいは根拠なき楽観で現実を直視していないのでしょう。

 それではなんでこんな酷いことが起きたかと言えば、それはアメリカでグラス・スティーガル法が1999年に実質的に撤廃されたことが原因だと喝破します。1933年に出来たこの法律は、銀行業務と証券業務を分けていたのですが、「1999年、クリントン政権で、ゴールドマン・サックス会長から転じたボブ・ルービンが財務長官のときに、(中略)分離条項が廃止され」たのです(p.31)。これにより、商業銀行と投資銀行は競争し、拡大化路線をひた走るようになったことが、すべての問題の始まりだったといいます。

 それがこの金融危機の真の原因だというのに(つまり、リーマンの破綻は必然だったわけです)、日本はこの期に及んで銀行と証券の垣根を無くそうとしているのですから... アメリカの失敗にまったく学んでいないというか、その原因に気がついていないと言われてもしかたがないでしょう...sigh

 それはともかく、この本が良いのは、これからどうしたらいいかがきちんと提案されていることです。この経済危機で資本主義というものは崩れた、終わったのだから、もう一度すべてゼロから作り直すしかない。そのときに「一番大事なことは、何を救うべきか、ということをしっかり考えて、決めることです。そして、それは社会であり、人間です。散々やりたい放題やってきた金融機関ではないし、ニーズのない車を創り続けるメーカーじゃない。」と断言しています(p.73)。

 雇用についても、「既存の破綻した企業を救済するのはやめて、新しい産業が勃興するまで、政府が、警官、教師、医師、看護士などの採用を倍増して、失業の増加を抑えた方が効果的だし、社会のために建設的だ」と提言しています(p.75)。

 日本人が戦後、国民全員で焼け野原から復興したように、これからは「自分や家族、友人たちがどうすれば幸せになるか、ということを追求して」もう一度作り直せばいいといいます(p.140)。

 そしてこの新しい人間中心の社会の再興を、ルネッサンスになぞらえています。自分の心で感じて、頭で考えて社会を築く。そのためにはお金なんてない方がいい。本当に大切なもの、つまり人間をしっかりと中心に据えた価値観を復興させるのだと言っています。

 ですからこの本の最大のメッセージは、自然環境を大事にすると同時に社会環境を整備しよう、それをみんなで一緒にやろうということです。

 まさか経済の話から、投資銀行家の口から、そんな結論から出て来るとは俄に信じられないかもしれません。しかしこの本を読んでいると、本来の銀行家(バンカー)とは、社会に必要な事業を育てるのが仕事であり、神谷さんもその本来の役割を続けるためにあえて小さな規模で、顧客と互いに顔の見える関係で仕事を続けられて来たことが納得できました。

 日経平均はこの三日間上昇を続けています。しかし、僕もとてもそんなに簡単にこの経済危機が回復するとは信じられません。この数ヶ月の上昇には、なにか人工的な動きを感じます。決して悲惨な状況を望んでいるわけではありませんが、恐らく今後さらに大変な状況を私たちは経験することになるのかもしれません。

 それが大変な時期であったとしても、それが新しい、より良い、より健全な社会になることを信じて、そのために私たち一人ひとりの思いと力が発揮できるとしたら、私たちはとてもやり甲斐のある、チャレンジングな状況にいるわけです。

 大変だけれでもワクワクしてくる、そんな予感とヒントに満ち満ちた本です。これからの社会が一体どうなるのか、興味のある方にはぜひご一読をオススメします。

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2009年06月29日

捨てられる530万円

 もう一週間も前になってしまいましたが、セブンイレブンが販売期限間近な弁当の「見切り販売(値引販売)」をした加盟店に値引をしないように強制していたことについて、公正取引委員会が独占禁止法違反(不公正な取引方法)で排除命令を出しました。
 しかし、命令は、見切り販売しないで捨てることになる弁当などが、1店舗あたり年間約530万円(調査した約1100店の平均額)に達している現状も指摘。今後、加盟店側が値引き販売できるようにするための具体的な方法を示した資料(マニュアル)を作ることを求めるなど、加盟店側に立った認定をした。
 (中略)
 公取委の命令によると、同社は加盟店に対して、弁当やおにぎり、総菜など鮮度が低下しやすい「デイリー品」を本部が推奨する価格で販売するよう指導。デイリー品の廃棄による損失を減らすため販売期限の迫った商品を値引きする「見切り販売」をした加盟34店に対し、本部側の担当者らが「契約違反だ」「このままでは契約の更新ができない」などと言い、見切り販売を制限したとされる。
出典:「セブンイレブンに排除命令 公取委、値引き制限「不当」」(朝日新聞、2009年6月23日)

 その後、セブンイレブン側は「売れ残った弁当やおにぎりなどを廃棄する場合、現在は加盟店の全額負担としている仕入れ原価のうち、15%を本部が負担すると発表した。七月一日から実施する。」(「廃棄損の15%本部負担 セブン−イレブン 弁当類値下げ抑制」東京新聞、2009年6月24日)そうです。この程度で根本的な解決になるとは考えにくいのですが、同時に「加盟店が値引きする「自由」を認める一方、売れ残り廃棄で加盟店がかぶる損を減らすことにより、見切り値引きの急拡大を防ぐ狙い」(「セブンイレブン、値引き販売容認へ 廃棄分15%負担」朝日新聞、2009年6月24日)との報道もあります。

 主張はセブンイレブン本社側、加盟店側で大きく対立していますが、傍から見ていると、やはり加盟店側の言っていることに分があるように思えます。CSR的な視点からしても、売り残しを廃棄することは環境負荷も高いですし、「価格決定権は店舗にある」という契約内容に反して見切り販売を制限・禁止することは公正な取引上も問題です。本社側の、見切り販売は過当競争をもたらし、結果的に加盟店の利益を奪うという主張は、それこそ発注精度を上げれば防げる話で、あまり説得力があるように思えません。(なお、セブンイレブン側の詳しい見解は「公正取引委員会からの排除命令に関する弊社見解について」PDF172KB、セブンイレブン・ジャパンをご覧ください)

 日経ビジネスオンラインの「セブンイレブン、「見切り販売制限」の深層」は、そんな双方の思惑や本音を紹介していて興味深かったのですが、僕が一番そうだろうなと思ったのは、中国地方のある店舗のオーナーの言葉として紹介されていた、次のようなものです。
「誰も安売り合戦なんてしたいとは思わない。でも、何でどんどん捨てるシステムになっているんだ、とずっと心に引っかかっていた。見切り販売を強行しているオーナーは、利益なんて、二の次、三の次。捨てることが、嫌なんです
(出典:日経ビジネスオンライン、ニュースを斬る、2009年6月25日)

 食べ物を捨てる、無駄にする。これは本当にモチベーションを下げると思います。さっきまで人が口に入れるためのものとして売っていたものを、今だってこの瞬間ならまだ食べられるものを、何も手をつけないままにゴミ箱に放り込んでいく。毎日そんなことをしていたら、気が滅入らない方がおかしいぐらいです。

 見切り販売をすればその無駄が大幅に減らせる。お客さんも喜ぶし、ゴミも減る。自分たちの利益だって増える。なのに、本部はそれを許さない。しかもその理由は、廃棄した方が本部は「儲かる」からです。これで納得がいかないのは、当然でしょう。

 セブンイレブン・ジャパンのWebの「社会・環境へのとりくみ」には、「「廃棄物」の削減」という項目があるのですが、これを読んでも実際にどの程度の「廃棄物」が発生しているのかよくわかりません。1店舗から1日あたりでる廃棄物は平均70.0kgで、うち生ごみが14.8kgとありますが(出典:「店舗の廃棄物を回収・一括処理する『エコ物流』」)、
これがそうなんでしょうかね? ちなみに、年間1店舗あたりの廃棄商品の原価はなんと530万円!だそうです。

 少し話が横道にそれますが、1店舗あたり平均530万円ということは、1万1200店舗の加盟店全体では年間593億円の廃棄。その分を加盟店が負担し、本店は潤っている。ということは、セブンアンドアイのコンビニエンスストア事業の営業利益2133億円のうち3割弱がここから生じている!(実際にはロイヤルティ率がありますので、ここまでは高くないはずですが...)という指摘をしているブログもありました。
出典:「530万円の衝撃 〜公取委、セブンイレブンに排除措置命令」(財務アナリストの雑感、シーズン3)

 話が長くなって来ましたので、そろそろまとめたいと思います(^^;)。どちらがいいのか悪いのかという話は置いといて、やはり一番の問題は、本部と加盟店の利益が相反していることでしょう。両者は「対等な立場で共同事業を営む“有機的組織体”」といいながら、実際の利益配分の構造がそうはなっていないことが、そもそもの問題のように思えます。

 環境行動の中でも省エネがスムーズに進んだのは、エネルギーを節約することが、コストを削減するというメリットと同じ方向を向いていたからです。逆に、いくら環境に良いことがわかっていても、自分の懐が痛む方向には、人も企業も簡単には動きません。

 期限切れの「廃棄物」を削減することが、加盟店と本部の双方にとってメリットがあるような仕組みに変更しないことには、おそらく抜本的な解決にはならないのではないでしょうか。

 おそらくそのためには、「利益を最大化する」という方針は見直さなくてはいけないかもしれません。「ロス(=環境負荷)を最小化する」という方針のもと、そこから得られる利益をどう公平に分配するかを考えるのです。

 また私たち消費者も、「コンビニには、いつでも、必ず品物がある」ことを期待することを見直した方がいいかもしれません。「いつでも欲しいものが必ずある」ようにし、機会損失を最小にすることが、大きな無駄を生むという構図もあるはずです。

 そう考えるとこれは単にコンビニの加盟店と本部の問題というよりは、何を価値判断の軸にするか(利益の最大化か、負荷の最小化か)、どこまで不便を許容するかという、私たち自身のあり方にも関わっているように思います。

 多少不便かもしれないけれど、多少売上は減るかもしれないけれど、食べ物を無駄にすることなく、利益率はそう悪くない。そちらの方がむしろフツーなのではないでしょうか。

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2009年05月12日

資本主義に再考を迫るTEEB

 昨日発行したメルマガにも書いたのですが、TEEB(生態系と生物多様性の経済学)にはいくつか興味深い箴言があります。

 既にメルマガでご紹介したのは、まずこれです。
我々は現在、地図にない荒れ狂う未知の海を、古く欠陥のある経済の羅針盤を使って航海しているようなものだ。
 なぜかと言えば、
我々の経済の羅針盤は欠陥品である。なぜなら、国家、企業、個人のすべてのレベルで、自然という外部不経済の一切を勘定に入れていないからである。

 しかしこの外部不経済の問題は、今はじめて気がついたものではありません。環境問題を語るときには繰り返し問題とされて来たことです。そして経済オンチの僕は知らなかったのですが、そもそもアダム・スミスの「国富論」の中でも、このことは以下のように警告されているとのことです。
非常に有益なものがすべて高い価値を与えられているわけではない。水がそのよい例である。一方で、高い価値のあるものがすべて非常に有益なわけではない。ダイヤモンドがその良い例である。

 つまり、こうした経済学あるいは私たちの価値体系こそが問題だというわけです。
自然の価値査定の欠如が、我々が現在悟りつつあるように、生態系の劣化と生物多様性の損失の根本的な原因となっている。

 この現状に対して、TEEBは果敢にもGDPに代わる新たな、そしてより本質的な経済指標を作ることを提案しています。これは持続可能性の議論においてしばしば課題にされていることであり、このこと自体は特段目新しくないのですが、今回それに注目するのは以下の二つの点においてです。

 すなわち、TEEBは生物多様性条約(CBD)の裏付けがある公式のレポートとは言えなくとも、2007年のG8環境相会議の合意であるポツダム・イニシアティブを受けて、ドイツ政府が支援して進めているプロジェクトです。その中で「GDP再考」が明示され、またその検討結果は来年のCOP10で公表されます。もはや「環境保護論者」や「持続可能性オタク」(笑)の戯言ではなく、世界のメインストリームがGDPという神話を本気で考え直す気運が高まっていると言えるのではないでしょうか。

 TEEBの公表後、昨今の金融に過度に依存した経済の虚構が露呈し、世界経済は根本的な見直しを迫れています。このことは、TEEBの提言の意味をさらに強めると思います。

 そしてもう一つは、GDPがいかに役に立たないかを端的に示す、以下の例示です。この一文は、必ず多くの人の目を覚ますものと期待します。
ハリケーン・カトリーナやアジアの津波といった大災害が、人間の悲劇や財産の損失にもかかわらず、GDPにおいては増大として表された。

 以前サスラボでTEEBのことを紹介した際には(「生態系版スターン・レビュー」)、生物多様性や生態系の経済影響に関する結果にフォーカスしました。それが重要なのは今でも同じですが、今日紹介したような文脈に注目しながらTEEBを読み返すと、きわめて奥が深いレポートであることがわかるでしょう。

 なお、TEEBはその後、日本語版が出されており、以下からPDFがダウンロード可能です。
■「生態系と生物多様性の経済学 中間報告」(住友信託銀行)

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2009年04月13日

バベルの塔の運命は?

 ドバイなど中東の大都市に建設中の超高層ビル。もはやビルというよりは、塔という言葉相応しいのですが、その写真を見るにつけ、「バベルの塔」という言葉が脳裏をよぎります。

 日本で一番高いビルは横浜ランドマークタワーのようですが(たぶん)、その高さは295.8m、300mに少し足りません。ところが、下の写真のブルジュ・ドバイは高さ900m、ランドマークタワーの3倍!ですよ。どんな高さなんだか、僕には実感がわきません。

 しかし、このブルジュ・ドバイの世界一の座も、決して安泰ではないのだそうです。Wikipediaによれば、「現在、クウェートでは高さ1,001mの超々高層ビル「マディナ・アル=ハリール」(2012年竣工予定)が計画されており、ブルジュ・ドバイは完成後数年で高さ世界一の座を明け渡す可能性もある。また、同じドバイにも高さ1,400mの超々高層ビル「アル・ブルジュ」が計画されており、サウジアラビアには高さ1,600mのハイパービルディング「マイルハイタワー」(Mile-High Tower)の建設計画が浮上しているが、着工時期は確定していない。」のだそうです。
出典:「ブルジュ・ドバイ」(Wikipedia)

どう見ても環境には悪そう(^^;)ですし、人間の奢り高ぶりの象徴のように思えます。ご存じのように旧約聖書では、自身の名を上げるため天まで届く塔を建てようとした人間に神が怒り、それまでは一つの同じ言葉を使っていた人間に違う言葉を話させるようにし、混乱させたという話が書かれています。

 こんな超高層ビルを作って罰が当たらないのか、いつかきっと天罰が下るのではないか。そんなまったく科学的でないことを考えていたら、最近ある方が「現在の世界的な金融危機こそがバベルの塔の崩壊である」とおっしゃっているのを聞いて、なるほどと思いました。

 それでは現在の人々が話す同じ言葉とは... そう、お金です。日経ヴェリタスの広告、「マネーは、英語よりもグローバルな存在である」を初めて見たときにはドキッとしましたが、たしかに今やお金は世界中で通用する共通言語になっていますよね。

 え、昔からお金は世界中で交換可能だったですって? もちろんそれはそうなのですが、今のようにほとんど制限なく、瞬時に、大量のお金を世界中とやり取りできるようになったのは、やはりこの10年かせいぜい20年のことでしょう。昔は、お金を動かすのにも、交換するのも、今よりもっとずっと大変だったのです。

 旧約聖書では、神の怒りを買い、大混乱に陥った人間たちは、違う言葉を話すようになり、世界中に散っていったといいます。金融危機の混乱の後、もしかしたら私たちはもう一度、グローバルではない、ローカルなお金に依存するようになるのでしょうか? だとしたら、それはそれでハッピーな気がします。

 地域の実体経済の裏付けがあるローカルなお金は、バブルとは無縁ですし、確実に地域の中で廻って地域の経済を助けます。私たちが生活をするには、それでもう十分なのではないでしょうか。ドバイのタワーは逆に、私たちにそんな経済のあり方を思い出させてくれているのかもしれません。

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2009年04月10日

知らされなかったG20

 今日は満月なのでメルマガ「サステナブルCSRレーター」の発行日でした。毎回その時々の旬のネタからCSRに関連性が高いものを「巻頭言」で紹介しており、今回は一週間前のG20の共同声明(最終コミュニケ)を取り上げました。

 具体的な内容については実際にその巻頭言「世界はどこへ向かうのか?」をお読みいただければと思うのですが、今回はいつもより反応が良かったので、ちょっと気を良くして少しそれに関連する話を書いてみようと思います。

 そもそも今回の巻頭言を書こうと思ったのは、とある海外の方から「G20の最終コミュニケでCSRについての言及がある!」と教えてもらったからなのですが、実際にそれを読んでみてびっくりしました。
■"The Global Plan for Recovery and Reform"(PDF, London Summit)

 CSRについては、「きちんと持続可能な報酬制度になるように、企業も社会的責任を考えた報酬の決め方をしましょうね」というようなことがサラリと書いてあるだけなのですが、今の世界的な経済危機から回復するために、単に財政出動して経済を刺激しましょうというだけでなく、持続可能な経済低炭素な経済を目指そうということが繰り返し出てきます。

 記憶力のいい読者の方であれば、それってなんかしばらく前の記事で書いていた話と違うんじゃないの、と思われるかも知れません。いや、実際そうなんです。4月3日に「どちらの出口へ?」では、G20の首脳宣言にはどこにも低炭素経済なんて言葉はなかったと書いてしまったのですが、原文にあたるとちゃ〜んと書いてあるではなりませんか! つまり、(僕が読んだ)日本の報道ではそういう表現が使われていなかっただけなのです(^^;)。

 また、途上国への配慮などについても割愛された報道が多かったですし、どうも経済面、特に景気刺激策やその規模ばかりが報道されたように思うのです。気になる方は、「G20 宣言」で実際にググッてみてください。

 もちろん景気刺激策が一番関心が高い部分かもしれませんし、うがった見方をすれば、当の首脳陣の多くも、経済回復が一番の目的で、環境やら、公正性、持続可能性なんていうのは、ポーズで「付け足し」ただけだったのかもしれません。

 それでも、この先にどんな世界を描いているのか、そしてその実現のために具体的にどのような方法を考えているかがわからないければ、誤った方向感を持ってしまうのではないでしょうか。

 実際、G20後の日本での議論を見ていると、案の定、金額の話ばかりで、例えば今回の世界不況の原因である金融破綻が再来しないように、いかに金融監督と規制を強化するかなどといったことは、ほとんど話題になっていません。日本の金融機関はまったく問題なくて、今回も影響を受けなかったとでも思っているのでしょうか?

 今回のメルマガを読んだ知人が、外務省のサイトに仮訳と骨子が掲載されているけれど、骨子にはこうした点がほとんど触れられていないと教えてくれました。
■「第2回 金融・世界経済に関する首脳会合(ロンドン・サミット)首脳声明「回復と改革のためのグローバル・プラン」(仮訳)」(外務省)
■「ロンドン・サミット首脳声明(骨子)」(外務省)

 意図的に省略したのか、興味がなかったのか、それとも本当にその意味を重視しなかったのか、理由はわかりませんが、この骨子や、一般のメディアの報道だけを読んでいたのでは、随分と違った印象を持つことになりそうです。私たち日本人がいかに"untaught people(知らされていない国民)"であるかを、痛感せずにはいられません。

 単に経済を建て直すのではなく、世界経済が持続可能になるようにどうルールを作るか、それこそがもっとも重要な課題なのです。なのに、規制強化や持続可能な経済に向けての方策を考えずに財政出動の額だけを問題にしているようでは、一人だけ世界の流れから置いてきぼりになってしまいそうです。

 今回のメルマガの記事に対する反応の高さはその危機感の表れであると思いますし、たとえ日本のメディアや政府が私たちに伝えないとしても、今や私たちはインターネットを通じて他の国や地域の方々と同じ一次情報をリアルタイムで共有することが出来るのです。これらのことに望みを託して、教えられなくてもなんとかする人でいたいと思います。

 なお、4月17日に行われる「国際連帯税を推進する市民の会(アシスト)」の第一回勉強会が今回のG20の結果をテーマに取り上げるそうです。ご参考まで。

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2009年04月03日

どちらの出口へ?

 昨年来の世界経済危機から、いつどのように抜け出すことができるのか? 最近になって株価は持ち直して来たようですが、とてもこのまますんなりと不況脱出とはならないように思います。なにせ、世界の金融機関の不良債権あるいは損失の総額すら、今だはっきりしないのです。

 先週、英国大使館で行われたとある集まりに参加した際、ちょうど来日していたイギリス政府の気候変動問題担当の特別代表(大使)のジョン・アシュトン氏と少しお話をする機会を得ました。

 アシュトン大使の話で印象的だったのは、今の不況の出口には、low carbon economyhigh carbon econmyの2つがあるというのです。 もちろん大使は、low carbon econmyという出口を目指しているわけです。オバマ大統領なども、明らかにこれをキッカケにlow carbon economyに転換することがわかります。

 一方、今回のG20の首脳宣言を見ると、残念ながらどこにもそうした考えは見えてきません。20カ国も集まるとコンセンサスを得るのは難しいのでしょうか。多くの政治家にとっては、またlow carbon economyというのは理想でしかなく、現実の目標ではないのかもしれません。
※日本のメディアにはほとんど低炭素経済のことは報じられていなかったのですが、londonsummit.gov.ukで発表された最終コミュニケにあたると、しっかり書いてありました。ゴメンナサイm(__)m

 政治家(※)がどう考えているにせよ、それでもやはり、出口の先には今とはまったく違う世界があるのではないかと思うのです。なぜならこの一年間の大変化を経て、今や多くの人々が、これまでのやり方は続かないし、しかし同時に、それ以外にもっといろいろなやり方があることに身をもっと気がついてしまったからです。例えば、日本の若い人たちが、モノを所有することに興味を示さなくなり、農業に興味を示すなど、自分たちの手を使って、自分たち自身の力で、等身大の暮らしをすることにシフトを始めたことなどが、それを象徴していると思います。
※追記:というわけで、これもどうやら「日本の政治家」と限定した方が良さそうです。

 ですから単に経済を刺激して、経済成長を復活させるというだけでは、あるいは多少金融規制を強化したところでは、根本的な解決にはならないでしょう。もちろん僕も、少しでも早く世界がこの危機から脱出して欲しいとは願っています。しかしその出口は、今までの延長にはなく、むしろ今までとはかなり違った方向から、明りが見えてくるように思えてなりません。

 そんなことを考えながら今日の記事を書いていたら、まったく偶然に、グラミン銀行総裁ユヌス氏の記者会見の記事にぶつかりました。ユヌス氏の言うように、「最大の危機は最大の好機」であり、「今こそは、これまでは手のつけられない聖域だと思われていたことも、調査、公開、改革できるグッドチャンス」ということは忘れてはいけないと思います。

 そして、金融システムを再編するためには、「誰もが問題なくサービスを利用できるようにすること」と「実体経済に根ざしていること」が必要と指摘していますが、これもその通りです。

 人々の生活が地に足の着いたものに回帰しようとしている中、経済や金融も当然そうならなくてはおかしいでしょう。今回の世界的金融危機でも、実体経済に即したグラミン銀行は一切その影響を受けなかったということが、ユヌス氏の指摘の正しさを実証していると思います。
《参考リンク》
■「グラミン銀行総裁ユヌス氏「危機こそ変革の好機」」(JanJan、2009年3月24日)
■「ムハマド・ユヌス グラミン銀行総裁 会見 映像・音声」(JanJan、2009年3月24日)(※このスピーチ、オススメします。)

 G20では500兆円もの財政出動が合意したそうですから、これが世界経済の復活への大きな刺激になることは期待したいと思います。しかし、出口は今までの延長上ではなく、もっと地に足の着いた生活や経済にしかあり得ないことは忘れてはならないでしょう。

 これを企業の立場から言えば、景気が回復しても、以前と同じ商売を同じスタイルで続けることは出来ないかもしれないということです。私たちが生活していく上で本当に必要なこと、役に立つことはビジネスとして成り立つのでしょうが、本質的なニーズから外れるものは、あるいは持続可能でないものは、まったくなくなることはないにしても、縮小せざるを得ないのではないでしょうか。

 身を縮めてじっと嵐が過ぎるのを待っていても、嵐の後に現れるのは、以前とはまったく違った光景ではないかと思います。つまりこの嵐、この危機は、新たな出口に向かって方向転換をし、出口の先に待ち受ける新しい世界に適応するための準備期間なのではないでしょうか。私たちが今この暗いトンネルの中にいる意味を、改めて考えてみたいと思います。

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2008年11月30日

環境にやさしい商品って?

 どうせ買うのだったら、環境にやさしい商品を。そう考える人が世界的に増えているようです。

 とても歓迎すべき方向ではあるのですが、それでは一体、何を買えばいいのか? 上記の記事にもあるように、中には「これって本当に環境にいいの?」と首をひねりたくなるものもありますし、もっと困るのは、「環境に良さそう」と一見思えるのに、実際にはそうではないモノ。売り手もマジメに「環境に良い」と信じているのに、実際には...というのが一番始末に困るかもしれません。

 日本では、「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づき、事業者が事業活動を行うにあたって、温室効果ガスの排出が少なくなるような製品を選択するための指針として「排出抑制等指針案」を策定中で、今日がそのパブコメ提出期限でした。
■「地球温暖化対策の推進に関する法律第21条に基づく排出抑制等指針案に対する意見の募集について(お知らせ)」(環境省)

 関係省庁の大臣の名前が並んだ縦書きのいかにも取っつきにくい文章なのですが(^^;)、安井至先生がこれを読み解く記事を書いていらっしゃいます。
■「温暖化防止行動指針、「エコ製品」リストの妥当性」(日経エコロミー)

 具体的なことは3ページ以降をご参照ください。実際に何を選ぶか安井先生でも明解にというわけにはいかないようですが、参考にはなると思います。

 では、もっと具体的な指針はないのか? 自分だったらどうするのか?と聞かれたら... やはり、まずは無駄なモノはそもそも買わない買ったらなるべく長く使う。そのためには、長く使えるものを買う。

 自分の手の届く範囲内という条件は付きますが、買うときには、価格よりも環境性能を重視。そうすると当然高いモノを買うことになるのですが、そうなれば買うのにも慎重になりますし、ホイホイ使い捨てにしたりせず、長く大切に使うことにもなるのです。あとは愛着が持てるもの、例えばデザインなどが本当に気に入ったものにするというのも、長持ちさせるポイントかもしれません。

 そしてもう一つ重要なことは、仕組みはなるべくシンプルにということです。たとえかなりの費用をかけたとしても、特効薬というのはなかなか存在しません。複雑なハイテク商品というのは、後からいろいろと副作用が出て来るものです。ハイテクで難問を魔法のように解決するのではなく、なるほどと納得できるシンプルな解決方法の方が、結局は効果的な気がするのです。少なくとも、とんでもない副作用が後から出てきて始末に困るということは起こらないでしょう。

 すごく常識的な答えになってしまうのですが、シンプルなモノで、シンプルに暮らす、結局はそこに帰って行くのではないかなと思います。物質やエネルギーの使い過ぎで出てきた問題を、たとえ代替のすばらしいモノやメカニズムが発明されたとしても、どんどんそれを上塗りするようにして問題を解決しようとするのはなんだかおかしなことですから。

 というわけで、エコ商品の買い過ぎ、衝動買いには、くれぐれもご用心を!

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2008年09月17日

リーマンの破綻が意味するもの

 リーマン・ブラザーズの破綻はあっけないぐらい急だったように思うのですが、専門家の方から見るとどうなんでしょうか? 危ないという話こそしばらく前から囁かれていましたが、いよいよとなると、政府はつれなく、同業者たちも支えきれないと手を挙げ、あっと言う間に破綻してしまいました。

 連邦政府はそれほど影響は大きくないし、民間の企業を救済することはモラルハザートになるので考えられないといいますが... 果たして63兆円の負債が小さいと言えるのか... 日銀総裁も大きな損失につながる可能性は低い、日本への影響は限定的と言っていますが、邦銀には大口の債権を有するところもあり、本当に影響は「限定的」なのか... 素人目にも、どうもそうとは信じられません。

 幸いに今のところ株式市場も昨日の急落から一転持ち直したようではあるのですが、本当にこれで済むのか? これはむしろ嵐の前の静けさなのではないのか? 前FRB議長グリーンスパン氏の言うように、これは100年に一度あるかどうかの深刻な金融危機と考える方が素直なように思えます。

 僕は金融に関してまったくの素人ですが、これはついに「金融資本主義」そのものが破綻した、成り立たなくなったということなのではないかという印象を持っています。

 というのも、実体経済とあまりに乖離して膨張した現在の資本は、結局は虚構の上に虚構を重ねたバブルでしかないからです。うまくそれが「成長」している間はいいのでしょうが、どこかでうまく行かなくなったとき、しかもしれが大きく成長してからうまく行かなくなったとき、それを収集するような実体はどこにも存在しないからです。

 かつて私たちの「経済」が物々交換だけで成り立っていたときには、実体から乖離するということはあり得ませんでした。貨幣が通用するようになっても、資本主義が発達しても、物質的な裏付けがある限りは、その膨張はたかがしれています。今から考えれば、可愛いものです。

 しかし物質的な裏付けがなくなった瞬間から、経済は無軌道な膨張を始めたのです。今ふり返って見れば、金本位制の廃止が金融資本主義興隆のきっかけになったわけですが、その虚構がついに維持できなくなって来たというのが今回のリーマン破綻なのではないかと思います。そして一度その虚構に大きなヒビが入った以上は、もはや簡単には持ち直せず、どんどん傷口は広がっていくのではないかと...

 というのは経済シロートとの直感的な感想ですので、詳しい方にぜひきちんとした説明をしていただきたいと思います。そしていずれにしろ、今の金融資本主義が持続可能な経済システムであるようにはとても思えません。持続可能な社会には、持続可能な経済システムが必用で、おそらくそれは実体経済と乖離しないか、多少の膨張はあっても一定の枠があるようなものではないかと想像するのですが、果たしてそれもどうでしょうか?

 これが世界経済をハードランディングさせることにはならないようにと切に願いますが、もし持続可能な経済への移行のきっかけとなるのであれば、必要な試練が来たものと覚悟することにしましょう。

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2008年09月11日

足をすくわれた巨人

 生物多様性へ大きな影響を与えている業種に鉱山会社があります。鉱石を掘り起こすために土地を大規模に改変し、また鉱石やその残渣に含まれる重金属、あるいは精製に使う化学薬品が周囲の生態系に大きな環境負荷を与えるからです。

 したがって鉱山会社は、環境を破壊しているとして、長年にわたって環境NGOなどから非難されて来ました。そうした圧力の中で、90年代後半からは環境への配慮を急速に進める鉱山会社も出てきています。

 その代表格が世界第二の鉱山会社リオ・ティント(Rio Tinto)だったのですが... 今日ちょっとびっくりするニュースが流れました。
 ノルウェー政府の石油収入を運用するノルウェー政府年金基金は、保有していた英豪資源大手リオ・ティントの株式約8億5000万ドル(約910億円)を売却したと発表した。同社の関連会社が運営するインドネシアの鉱山事業について「環境を破壊し倫理上問題がある」と判断し、運用対象から外した。
出典:「ノルウェー政府年金基金、英豪資源大手株売却 「環境を破壊」」(NIKKEI NET、2009年9月11日)

 ノルウェー政府年金基金は環境や社会面で問題がある企業には投資しない、いわゆるネガティブスクリーニングの投資基準を持ち、社会的責任投資を行っています。
《参考リンク》
■"Ethical principles underpinning the investment activities of Folketrygdfondet"(Folketrygdfondet)

 リオ・ティントは世界中の鉱山会社の中でおそらくもっとは環境配慮に力を入れている会社の一つですので、何でこんなことになってしまったのかと思ったら... どうも同社が米国のフリーポート社と共同で操業しているインドネシアのグラスバーグ鉱山を問題視したようです。たしかにこの鉱山は、尾鉱(tailing)を河川に垂れ流したり、反対派の先住民を弾圧したり、いろいろと問題を起こしているところです。
《参考リンク》
■"Norway's pension fund blacklists Rio Tinto over environment"(AFP)
■「インドネシアにみる採掘産業のCSR 〜フリーポートとニューモント」(環境goo)

 以上の情報から判断すると、リオ・ティント本体は鉱山会社のリーダーとしてかなり頑張っていたものの、世界的な鉱山会社の再編成の中で、事業パートナー選びで足をすくわれたということのようです。

 ところで政府系ファンド、いわゆるソブリンウェルスファンドは、運用金額の大きさ、そして当然ながらその大きな影響力から、最近何かと話題になりますね。ノルウェー政府年金基金はその中でも有数の規模ですが、経済的リターンだけでなく、ネガティブスクリーニングと株主行動を通じて、企業に積極的に働きかけていることも特徴です。

 今回もリオ・ティントに対して環境上の懸念を表明する手紙を出したものの、満足できる回答を得られなかったため、保有するリオ・ティント株すべて、約910億円分を売却したのです。リオ・ティントに対してはもちろん、他の企業に対しても強力なメッセージになったはずです。

 一方、同ファンドはアグロビジネスの巨人、米国のモンサント社(「TV番組2題」参照)の事業についてもインドで児童労働と関係があることに対して懸念していますが、同社の株をあえて保有し続けています。これは、同ファンドの株主としての声が、モンサント社の行動を変えつつあると手応えを感じており、株を保有しつづけることの方に意味があると考えているからだそうです。

 上記の記事によれば、ノルウェーの金融相Kristin Halvorsen氏は「ノルウェー国民の貯金が、多くの貧しい子どもたちの生活を改善することを可能にしたのだ」とテレビのニュースで述べたそうですが、ソブリンファンドの規模の力をきわめて積極的に活用していることがわかります。

 ソブリンファンドについてはもちろん悪い影響力も大きくなり得ますし、善かれと思っても、独り善がりだったり、価値観の押しつけになることもあるでしょう。しかしこれはひょっとすると、これからの「外交戦術」の一つにもなるかもしれませんね。ちなみに、日本政府は莫大な外貨準備高を有しますが、まだソブリンファンドは設立していません。

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2008年06月01日

誰のための経済か

 日本ではほとんど無名といっていいと思いますが、チリの経済学者でマンフレッド・マックスニーフ(Manfred A. Max-neef)という方がいます。僕がマックスニーフの名前を知ったのは、ナチュラルステップのシステム条件4を聞いたときです。

 ナチュラルステップ4つのシステム条件については以前もご紹介したので詳細は省きますが(詳しく知りたい方はサスラボの「4つのシステム条件」もご参照ください)、その4番目の条件は「人々が自からの基本的ニーズを満たそうとする行動を妨げる状況を作り出してはならない」というものです。

 それではその基本的なニーズとは何かなのですが、ナチュラルステップでは、マックスニーフが唱える9つの基本的ニーズを採用しているのです。

 そのマックスニーフの講演を、スウェーデンで参加した会議で聞く機会に恵まれました。「Transdisciplinary Economics for Sustainablity(持続可能性のための学際的経済学)」という講演は、その厳めしいタイトルは裏腹に、実に人間味に溢れる素晴らしいものでした。

 そしてその中で僕がまず心を打たれたのは、「持続可能性のための学際的経済学の公準(postulates)」という6つの条件です。

Postulates for a Transdisciplinary Economics for Sustainability
1. The economy is to serve the people and not the people to serve the economy.
2. Development is about people and not about objects.
3. Growth is not the same as development and development does not necessarily require growth.
4. No economy is possible in the absence of the ecosystems services.
5. The economy is a subsystem of a larger and finite system, the biosphere, hence permanent growth is impossible.
6. Under no circumstances whatsoever can an economic process, or interest, be above the reverence of life.


 ちょっと訳してみると、こんな感じになると思います。

「持続可能性のための学際的経済学の公準」
1. 経済は人々に奉仕するものであり、人々が経済に奉仕するのではない。
2. 発展は人々に関してであって、モノに関してではない。
3. 成長と発展は同じではない。発展は必ずしも成長を必要としない。
4.生態系サービスなしに、いかなる経済もあり得ない。
5. 経済はより大きな、有限なシステム、すなわち生物圏のサブシステムである。したがって、永遠の成長は不可能である。
6. いかなる状況のもとでも、経済のプロセスまたは関心は、生命の威厳の上になることはない。


 どうでしょう、既存の経済学とはまったく違いますね。しかし、直感的に、これこそ私たちが従うべき公準()であるように思います。人間愛に加えて、生態学の真理も含まれています。

 こう言ってはなんですが、ほとんど役に立っているとは思われないフツーの経済学ではなく、こういう経済学にこそ社会の基礎として広がってもらいたいと思いました。

※公準(postulate)とは、「公理のように自明ではないが、証明不可能な命題で、学問上または実践上、原理として承認されているもの。」(広辞苑第五版)のことです。

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2008年05月28日

高くても満足な税金

 スウェーデンは「福祉国家」としても有名です。教育や医療は基本的に無料です。大学院の学生は授業料を払わなくていいだけでなく、国から給料までもらえるそうで、羨ましい限りです。もちろん後期高齢者医療制度なんてわけのわからないものはなく、年金もいつの間にかなくなっていることもないので、誰もが安心して老後を迎えることができるのです。

 その財源は税金なのですが、これだけ充実した福祉を支えるために税率はかなり高くなっています。主に地方税からなる所得税は30〜50%、国税である消費税は25%です。さらにお酒やタバコ、ガソリンなどには個別の物品税がかかります。収入や暮らし方によって違ってきますが、平均的に言えば収入の6〜7割は税金になる計算でしょう。

 単純に比較すれば日本よりはかなり給料も高いのですが、その分物価も高いですし、これだけの税金ですので、自由になるお金も少なければ、貯金することすら難しいそうです。

 しかしそれでも、教育、医療、老後が保障されているので、不安感はないそうです。むしろ税金を納めていれば老後は安泰という安心感があるというのですから、どこかの国とは大違いです。

 これだけ高い税率にも関わらず不満ではなくむしろ安心感を感じる人がいるということは、まずはなんといっても国や行政に対して信頼感があるということでしょう。これもどこかの国では考えられないことです。

 そしてもう一つは... これだけ福祉が充実しているので満足しているのかと思いきや... そういう面もあるのかもしれませんが、そのこよりむしろ、自分たちで決めたという意識が強いのだそうです。

 スウェーデン北部にあるカーリックス (Kalix)で住民に対して税金についての意識調査をしたところ、税率については今のままで良いが、それが何に使われているかという透明性をきちんと維持して欲しいという結果になったそうです。

 つまり、税金が高いか低いか、福祉の内容がそれに見合っているかどうかという個人的な損得感情ではなく、自分たちで決めたことだから納得感があるのだそうです。ですから重要なのは、それがしっかりと実行されているかどうかをチェックできること、チェックすることというわけです。

 したがって、政治家をはじめとする権力に対するメディアのウオッチもしっかりと機能しており、またメディアがきちんと機能することを行政が支援するのだそうです。不正が入り込む要素をなくして、自分たちが望む社会を、自分たちの手で実現しようという意識が強いのです。逆にもし自分たちで決めたという意識がなければ、どのような結果がもたらされても、必ず不満感は出て来るのでしょう。

 税率を高くして社会保障を充実させるのかどうかは、いろいろな考えかややり方があり、一概にスウェーデンのやり方いいというわけではないと思います。しかし、自分たちで社会の仕組みを決めそれを実現していくという態度、さらにはそれを実現する仕組み、こうしたことは見習いたいと思いました。

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2008年04月23日

最も高価な樹

 自然が恵んでくれるものを正しく評価するのはとても難しいことです。本当はとても貴重でありがたいものなに、それが自然の恵みであるが故に、私たちは「タダ」だと思っているものはたくさんあります。きれいな大気、水、美しい景色、色とりどりの花、鳥たちの鳴き声... すべて「タダ」ですが、だからといってもちろん、価値がないわけではありません

 しかし不思議なことに、私たちは「タダ」だったり、「安かったり」すると、ムダにしてしまったり、時に価値がないように勘違いしてしまうこともあります。たとえば樹や水を無駄遣いしてしまうのは、それが一つの原因なのではないでしょうか。

 あるいは本来は私たちが負担すべきコストをきちんと払わずに、自然にそのツケを押しつけていることもよくあります。いわゆる外部不経済の問題です。

 ですから、自然の恵みに値札を付けることは、役に立つこともあるのです。もちろん値段を決めることには技術的な難しさもありますし、逆にその価格が独り歩きして、本来の価値のごく一部しか評価されない、過小評価の問題が出て来る場合もあります。

 そもそもそんなことをお金で評価するのが間違っている! そうおっしゃる方も多いでしょう。もちろんその通りです。しかし世の中には、値札を付けてあげないとその価値を認識できないワカランチンもいるので、値札を付けることもムダとは言えないと思うのです。

 前置きが長くなりましたが、以下の写真が、イギリスで最も高い樹だそうです。背が高いのではなく、値段がです。その価格はというと.... なんと75万ポンド、つまり1億5千万円です。

  見るからに立派なプラタナスですが、CAVAT(Capital Asset Value for Amenity Trees)という評価手法にそって、大きさ、健康状態、歴史的重要性、この樹を楽しむことができる近隣住民の数を勘案すると、このお値段になるのだそうです。

 今イギリスでは、樹齢100年以上の、しかし健康な樹が切り倒されることが問題になっているそうです。ロンドンだけでこの5年に4000本もの樹が切られたというのですから、驚きです。

 この評価システムを全国の自治体が導入することで、健康な樹がこれ以上切り倒されることがないようになるのだと期待されているのだとか。「値札」がいい方向に作用することを期待したいと思います。
《参考》
■"Britain's most expensive tree is worth a whopping £750,000"(Mirror.co.uk 2008年4月22日)

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この樹の値段、あなたはどう思いますか?
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2008年04月14日

LOVE&SENSE

 サスラボの読者の皆さんにとってはフェアトレードという言葉はもうすっかり耳慣れたものでしょうし、フェアトレードの商品を愛用している方も多いと思います。しかし、日本の社会全体で言えば、フェアトレードはまだまだ知られていないですし、知っていても直接目で見て確かめて買うことができる機会は限られています。この辺、イギリスなどとはかなり事情が違うように思います。

 そんなフェアトレードの商品が、東京のド真ん中、それもなんとあの「表参道ヒルズ」で販売されることになりました。今日から3ヶ月の期間限定でオープンした「LOVE&SENSE」がそれです。フェアトレードがいよいよメジャーデビューと言えるかもしれません。

 オープンのご案内をいただいただけでまだ実際のお店にはお邪魔していないので、どんな商品が並んでいるのかはわかりません。それでも、数あるフェアトレードの商品の中から品質と背景を吟味してセレクトしたそうですから、きっとその名前が示すように、愛とセンスにあふれた商品が並んでいることでしょう。
■「表参道ヒルズに「LOVE & SENSE」のSHOP OPEN」 (LOVE&SENSE)

 LOVE&SENSEのLOVEは文字どおり地球や人々への愛を意味しているそうですが、SENSEの方は「センスが良い」だけでなく、「良識のある、道理にかなった買物をして欲しいという願い」も込められているのだそうです。つまり、思慮・分別という意味のセンスでもあるのですね。

 何も知らずにこのお店を訪れたお客さんが、センスの良い、魅力的な商品に触れ、思わず手に取ったり、買ったりする。そして、その背景にあるストーリーを知ったとき... そこからどんな新しい流れが生まれるのか、想像しただけでわくわくしてきますね。

 環境のことも、社会のことも、真っ正面からだけでなく、いろいろな切り口があると輪が広がりそうです。そんないろいろな切り口をどうやって作って行くか、それがこれからの大きな課題なのかもしれません。

 今はまだフェアトレードはかなり特別なモノかもしれませんが、こう場所で紹介されることによってフェアトレードがカッコ良くなって、そしていつかはフェアトレードが当り前になる。そんな日が早く来て欲しいですね。

今日も訪れていただき、感謝しています。
サスラボもメジャーになれるように応援してくださいね(笑)
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2008年02月03日

本当に円高?

 テレビや新聞では「円高」という言葉をよく見かけます。たしかにサブプライム問題の影響などを受け、ドルに比べると昨年の夏ごろからは大幅に円高になっています。昨年7月には1ドル120円代だったのが、今は106円前後です。

 では、他の通貨に比べるとどうでしょうか? 昨夏ぐらいに比べれば、ユーロでも、ポンドでも、多少円高にはなっていますが、もう少し長い期間で見ると、確実に円安が進んでいます。ユーロは2001年に90円台だったのが、今や160円前後です! ポンドも2003年には180円なんてときもあったのに今は210円前後です(昨夏の250円近くに比べるとずっと円高に戻ってはいますが...)

 この傾向は欧米の通貨だけでなく、アジア各国の通貨に対してもそうです。中国元、韓国ウォン、タイバーツなど、いずれも数年前に比べると、明らかに円安です。

 つまり、今の「円高」というのはあくまで米ドルに対してで(もちろん他にも多少の例外はありますが)、そのドルが急激に下がっているために、円は相対的に浮上したのに過ぎないということです。

 このことは、実効為替レート、すなわち「日本と当該相手国・地域間の貿易ウエイトで加重幾何平均したうえで、基準時点を決めて指数化」した名目実効為替レートを見るとよくわかります。1999年あるいは、2003年ぐらいから基本的に円安傾向が続いています。
effective_nominal.gif
出典:「『実効為替レート(名目・実質)』の解説」(日本銀行)

 もう一つ注意しなければならないのは、各国の物価です。日本はこの10年ほどはデフレ傾向にありましたので、お金の価値が目減りしていません。むしろ若干増えているかもしれません。10年前の100円より、今の100円の方が使いでがありますよね?

 しかしこれは世界的には珍しいことで、他の国では一般にはお金の価値は少しずつ目減りしています。したがって、例えば10年前1ドルが100円で今も1ドル100円だとしても、実質的には円の力は弱くなっているということです。「こうした点を考慮に入れた物価調整後の実効為替レート」が実質実効為替レートで、この変化は以下の通りです。
effective_real.gif
出典:同上

 こちらは名目実効為替レートよりさらに明瞭な円安傾向が続いていることがわかります。つまり額面ではどうであれ、円は1994年のバブル終焉とともに急速に安くなり、一旦2000年頃に持ち直したものの、その後は継続的に確実に安くなっているのです。

 実際、海外に出かける度に両替レートは悪くなり、物価は上がっていて、なんだかなぁと思います。日経新聞が1月に「迷い沈みつつある国と通貨の物語」として「YEN漂流 縮む日本」という連載を行いましたが、実際、そのぐらい危機的だと思いますし、むしろこうした警告は遅過ぎたぐらいです。

 どうも日本では「円高は輸出に不利」ということで円高が嫌われがちですが、急激な円高はともかく、中長期的にはある程度の強さを維持することが安定につながるはずです。また、円高ですぐに競争力が落ちてしまうようなモノづくりしかしていないようであれば、それは単に価格で競争していることであり、とても長続きする戦略とは思えません。

 ドルだけ、つまりアメリカだけを見ていると「円高だ!」と思ってしまうかもしれませんが、実はこの何年もジリジリと円安が続いていることこそ危機であり、そのことを見逃してはいけません。

 自給率が高い国であれば多少の通貨安でもビクともしないのでしょうが、ましてや日本は食料も、エネルギーも、生活に必要な多くのものを海外に依存している国です。もしこれからも海外への依存度を高いままにしておくつもりであれば、強い通貨は必須です。そうではなく、もう少し通貨は安くなってもいいというのであれば、その影響を受けにくい経済と、自給自足の体制を急速に作らなければいけないでしょう。今のままでは、経済面からも持続不可能になりそうです。

 ちなみに目下のところ個人的には、間もなく出かけるイギリスへの出張で、まともな食事をするのに毎日一体いくらかかるんだろうというのが心配事です(^^;) イギリスに駐在したり、留学している方々に比べればごくごく短期間の悩みですが、それでも本人はけっこう真剣です(笑)。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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2008年01月18日

真のグローバリゼーション

 様々なところで「グローバリゼーション」という言葉が使われます。持続可能な社会やCSRを考える上でも、グローバリゼーションは必ず考えなければならない問題です。

 それでは、真のグローバリゼーションとは何なのでしょうか? どう定義すれば、もっとも正確なのでしょうか?

 このことに関して、知人から興味深いメールをもらったので、ご紹介しましょう。原文は英語でしたが、和訳してご紹介します。
問:グローバリゼーションのもっとも正確な定義って何?
答:ダイアナ妃の死だな
問:どういうこと?
答:イギリスの王女が、
エジプト人の恋人と、
フランスのトンネルで交通事故を起こして亡くなったから。
オランダ製のエンジンをのせた、
ドイツ製の車に乗ってね。
ベルギー人の運転手は、
スコッチウィスキーで酔っ払っていた。
イタリア人のパパラッチがぴったりと追いかけていた、
日本のオートバイに跨ってね。
ブラジルの薬を使って治療をしたのは
アメリカ人の医者だった。

そして何より、この情報はモーリタニアから君に届けられているんだよ。
アメリカの(ビルゲイツの)技術でもってね。
そして君がこのメールを読んでいるコンピュータはたぶん、
台湾製のチップを使っていて、
韓国製のモニターがつながれている、
バングラディッシュ人の労働者が、
シンガポールの工場で組み立てたね。
で、それはパキスタン人のトラック運転手によって運ばれ、
シチリア人の港湾労働者が荷下ろしをして、
メキシコ人の不法労働者によってトラックで運ばれ…
そうして君の手元に届いたはずだ。

つまりこれが本当の「グローバリゼーション」ってわけさ。
わかった?


 ちなみに僕はこのメールを、中国マレーシア人の知人から転送してもらいました(笑)それを読んだのは日本です!

 どうぞ楽しい週末を!

読んでくださって、ありがとうございました。
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2008年01月02日

雇用創出

 今回滞在したシェムリアップは、アンコールワット等を抱えた国際観光都市になっているので、素朴ながらも活気に溢れた様相を呈していました。しかし、ちょっと街から外れると、広がるのは本当にのどかな農村の風景です。工場のようなものは、ついぞ一つも見かけませんでした。

 つまりはシェムリアップの街中は観光でかなり潤っているものの、それ以外には主だった産業があるようには思えません。ガイドブックを見ても、人口の約80%が農業に従事しているとあります。

 そしてこうした郊外の農村や漁村は、かなり質素というか、はっきり言えば貧しそうに見えます。他の東南アジア諸国の農村と比べても、そのように思えます。ヤシの葉で屋根と壁をふいただけの小さな家、裸足で歩き回る子どもたち。食べ物はなんとかなっていると思うのですが、モノは極端に少ないように思えます。

 シェムリアップの中心部には、観光客向けのお土産屋さんが軒を連ねていますが、そのいくつかには「工芸品の製作で、地元に雇用を創出しています」といった説明が表示されていました。

 たしかに、農業と観光以外はこれといった産業はないわけですから、そうなると工芸品を作って観光客向けに売るルートを開拓することは、立派な雇用創出と言えるのかもしれません。他の国でも同様の話を聞いたりしますが、こうしたお店を見かける頻度がやや高いように感じました。

 中でも印象的だったのは、アーティザン・ダンコール(Artisans D'Angkor)です。これは伝統工芸品の技術学校であると同時に、そこで作られた石像、銀細工、絹織物などの製品のブランド名にもなっています。

 郊外には養蚕センターと絹製品の技術学校を兼ねたシルクファームがあるのですが、絹織物の製造プロセスをすべて実際に見ることが出来るようになっていて、なかなか興味深い場所でした。

 蚕から絹糸を取り、それを何度も紡ぎ、手機で織っていく様子を見ると、なるほど大変な仕事なのだなというのがよくわかります。と同時に、このような昔ながらのやり方であれば、方法さえ覚えれば、あまり資本がなくても仕事が始められることもわかります。

 そして一番印象的だったのは、このブランドの製品の品質の素晴らしさです。売店も併設されているのですが、こうした工場直売店にありがちな(^^;)うらぶれた雰囲気は微塵もなく、都会のブティックかと思うようなセンスの良い店内に、思わず見とれるようなデザインと品質の製品がずらりと並んでいるのです。

 いいなぁと思って品を手にしてみると、お値段もなかなか立派です。それでも日本などで同じものを買うのに比べたらはるかにお値打ち感はありますので、商品として立派に成立しています。

 正直を言えば、他のお土産屋さんで見た民芸品は、安くてもそんなに品質やデザインがいい訳ではないですし、いかにも安いお土産でしかありませんでした。記念に、あるいは「雇用創出」を支援するつもりで買っても、結局はガラクタになってしまいそうなものです。

 一方、アーティザン・ダンコールの場合には、古くからの技術を復興することによって、少ない資本でも始められるビジネスを作り出しているだけでなく、市場に受け入れられるデザインと品質を兼ね備えることで、きわめて高い付加価値を生み出しているのです。

 「何もない」と思わずに、ちょっと見方ややり方を変えるだけで、まだまだどこにでもいろいろな可能性が眠っているのでは? そんなことを感じさせてくれる出会いでした。

今日も読んでくださって、ありがとうございます。
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2007年11月19日

二人に続け!

 サッカーにはまったく興味がないのですが、このところちょっと中田に注目しています。え、でも中田はもう引退しているって? いや、そんなことはどうでもいいのです。というか、僕はそんなことすら知らないぐらいのサッカー音痴なのです(^^;)

 先日、社会起業家である知人から、その人のお店を訪問した中田が「僕は本当はこんなお店をしたかったんだ」と呟いたという話を聞きました。そのときには「へー、そうなんだ。ちょっと意外」としか思わなかったのですが、その日の夜、今度はネットで知人から、中田が雑誌で、貧困問題に取り組んでいくと発言していると...

 サッカー元日本代表MFの中田英寿氏(30)が、サッカーを通じて貧困問題、環境問題解決に取り組んでいくことを表明した。10日発売の月刊誌クーリエ・ジャポン(講談社、580円)で明かした。世界108都市を旅する中、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行(バングラデシュ)のようにビジネスとしての問題解決に強い興味を示すなど、引退後初めて自身の今後を語った。
(中略)
 ビジネスといっても、単なる金もうけではない。引退後、50の国と地域、100都市以上を回ってきた中田氏。最近はアジアを中心に旅を続け、児童養護施設などを訪問。貧困や環境面の世界の問題を目の当たりにしてきた。そこで考えたのが、ビジネスとしての社会活動だ。
(中略)
 「一過性のものよりも、できるだけみんなが継続できる何かが大事」「何かビジネスをするときに誰かを不幸にするやりかたって面白くない」「みんなのためになるビジネスですって言ったほうが、より大きな効果を生む」など持論を展開。旅を続ける中で、マイクロクレジット(貧困層を対象にした低金利無担保融資システム)を構築し、06年にノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行のような「誰もがハッピーになれる、誰に対しても利益が出るやりかた」に、可能性を見いだしたという。
出典:「サッカー通じて貧困と環境問題解決…中田英寿氏が今後を語る」(MSN、2007年11月9日)

 中田は本気だったんですね。で、あわててCourrier Japonの12月号を買って来ました。



 創刊2周年特別企画ということで「中田英寿責任編集」となっています。インタビューや現地同行取材の他に、二つの特集があり、その記事を中田が選んだそうです。特集の一つ目は「ASIA 可能に満ちた国々」。これも面白いのですが、やはり注目は2番目の「世界を幸福にするビジネスとは?」です。

 それでは、中田がどんなビジネスをセレクトしたかと言うと...
1. Fair Trade
 小規模農家を貧困から救え! フェアトレード・ブーム
2. Micro-finance
 新ビジネス「マイクロ保険」がメキシコの貧困層を救う
3. Business Philanthropy
 慈善家の心と企業家の手法で、世界を変える男ジョン・ウッド
4. Recycle Business
 「ひまわり」計画で救われた中国"バイオガス"革命の聖地
 "究極のエコ商品"を作る「テラサイクル」って何?
5. Susitainable Business
 ウォルマートからコカ・コーラまで"持続可能なビジネス"
です。

 こういう話をな〜んも知らないサッカー青年が読んだとしても、ビジネスの新しい可能性を概観することができそうです。スゴイことですね。

 僕もまだ特集を全部読んだわけではないのですが、強く印象に残ったのは3. Business Philanthropy で紹介されている、マイクロソフトの重役を辞めてRoom to ReadというNGOを立ち上げたジョン・ウッド氏。モットーの「結果がすべて!」に始まって、アプローチはとてもビジネスライク。その合理的な考え方と手法で、本当に次々と結果を出しています。そして、質問に対する彼の回答がカッコイイのです。
Q.腹が立つのは?
A.「仕事を真面目に考えていない人」
Q. あなたにとってお金とは?
A. 「目的のための手段。何もせずにお金の上にあぐらをかいている人が多すぎる。1万2000ユーロあればネパールに学校をひとつ作れるのに」

 さぁ、僕らもジョン・ウッド氏や中田に続きましょう! スケールは違っても、思いの強さは負けませんよね? 中田もこう言っているそうです。
 「日本人は、自分たちの可能性に気づいていない。ぼくは、日本人の意識を変えたいからこういう雑誌をやりたいと思った」

 中田が自分で書いた「思い」はこちらから読めます。
■「世界を幸福にするビジネスとは?

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posted by あだなお。 at 23:59| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

SRIは儲かるのか?

 いわゆる社会的責任投資SRI; Socially Responsible Investment)は、日本ではまだまだ知名度も、投資手法としての浸透度も低いようです。

 このことは、SRIの規模を見ると一目瞭然です。世界全体でSRIの規模は約300兆円なのですが、そのうちアメリカが約240兆円(2003年)を占め、欧州が約45兆円と言われています。これに対して日本ではまだせいぜい2700億円程度に留まっていると言われます。まさに、ケタ違いの少なさです(^^;)

 日本でSRIが伸び悩む理由はいろいろあると思いますが、もしSRIのパフォーマンスが明らかに高ければ、確実にファンは増えるかもしれません。個人的には、投資利益を高めるためにSRIを選択するのではなく、リターンは多少低くてもそうしたいからSRIにするというのが本来的なあり方だとは思います。しかし、「SRIの方が儲かる」という主張もありますし、もし実際にそうであることが示されれば、SRIの人気が上昇するでしょう。

 それでは、日本のSRIファンドの成績はどうなのでしょうか? どこかに一覧表があると便利でいいのに... と思っていたら、ありました!

 自らも「モーニングスター社会的責任投資株価指数(MS-SRI)」を提供しているモーニングスターが、日本のSRIファンドのパフォーマンスをまとめている結果がありました。
■「日本のSRIファンドパフォーマンス」(モーニングスター)

 実際の値は上記のWebサイトでご確認いただきたいのですが、大まかな傾向で言うと、国際株式型のSRIファンドの中に成績が良い(レーティングが高い)ものが多いように見えます。

 TOPIXなどのインデックスや、一般のファンドと比べてどうなのかというのはよくわからないのですが、8月末時点で過去半年のリターンをMS-SRIとTOPIXで比べると、わずかにMS-SRIの方が低くなっています(^^;)

 それでも最初に書いたように、SRIではリターンを最大にするというより、損はしない程度に良い企業を応援する、あわよくば少し儲けることができればいいのだと思いますので、この程度であれば許容範囲でしょうか? それに、同じSRIファンドでも、当然ながらファンドごとにかなり成績は異なりますので、良いファンド(マネージャー)を見つければ、さらに高いリターンを期待することもできそうです。

 投資を通じて良い企業を応援したい、良い社会の流れを作りたい。そう考えていらっしゃる方には、上記ページは便利かもしれませんね。

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2007年07月06日

してはいけないことを決める

 昨日のエントリー(「クラスター爆弾を支持する国、銀行」)で書いたように、日本のメガバンクはいずれも、故意なのか結果的になのかわかりませんが、60〜120億円もの大金を非人道的なクラスター爆弾を製造する兵器メーカーに投融資しています。なんでこんなことになってしまうのでしょうか?

 社会的責任投資(SRI: Socially Responseible Investment)という言葉を聞いたことがある方も多いと思います。SRIにおいて重要な手法の一つにスクリーニング、つまり投資先の「選抜」があります。

 環境を保全している、社会に貢献しているなど、自分の価値感にあった投資先を選抜することを「ポジティブ・スクリーニング」と言います。日本で発売されているエコファンドやCSRファンドなど、ほとんどのSRIファンドがこれに相当します。
《参考リンク》
SRIファンドの種類(SIF-J)

 一方、自分の価値観に合わない投資先には、いくら儲かりそうでも投資しないという「ネガティブ・スクリーニング」という方法もあります。日本ではおそらくそのような手法を取り入れたファンドはほとんどないと思うのですが、アメリカでSRIが始まったのは、まさにこのネガティブ・スクリーニングからでした。

 教会がお金を金融機関に預けるときに、自分たちの価値観に反するような企業にはそのお金を投資しないでくれと条件をつけたのです。具体的には、兵器メーカーを含む軍需産業、ギャンブル、ポルノ産業、そしてアルコールやタバコ会社もダメだという場合もあるそうです。

 平和な社会を築くことが教義や目的である宗教団体のお金が、軍需産業に投資され、武器を作り、戦争を引き起こしたら、皮肉どころの話ではありません。お金の持つ影響力の大きさを考えれば、当然注意すべきことです。

 ところが、日本ではなぜかこのネガティブ・スクリーニングが発達しないようです。日本人はお金が儲かれば手段は問わないと考える人ばかりだとは思いませんが、金融機関に預けたお金がどう運用されるかは無関心な人が多いようです。しかし、利息がついて戻ってくるということは、そのお金は必ずどこかに貸し出されたり、投資されたりして、利息を稼いでいるはずです。それがもしかしたら、軍需産業かもしれないのです。というか、まさにそういうことが起きているのです。

 これは何もクラスター爆弾に限ったことではありません。皆さんが銀行に預けたお金は、手堅く米国債で運用されていることは大いにあり得ることです。その米国債で得たお金の一部を使って、アメリカはイラクで戦争をしているのです。つまり、私たちの銀行預金が、イラク戦争を続けさせていると言えるかもしれません。

 こういう可能性を考えれば、実はネガティブ・スクリーニングというのは非常に重要だと思うのですが、どうでしょうか。自分の預金も、年金も、きちんと運用して欲しいけれど、でも、人殺しをしてまで、他人を傷つけたり苦しめたりまでして、高いリターンを出す必要はない。そんなことはしないと約束をしてくれれば、そこそこのリターンで十分だ。そう考える人の方が多いのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

 すべきことの長〜いリストを作るよりも、これだけはしてはいけないという短いリストを作る方が有効なことがよくあります。投資先選びもそうなのかもしれません。こんなところがいい、あんなところがいいというのもいいのですが、それ以上に、「これだけは絶対にしてくれるな」、その基準を明確にすることが大切なのではないでしょうか。

 しかし残念ながら、現在のところ「これだけ(例えば軍需産業への投資)は絶対にしません」と約束してくれる金融商品はほとんどありません。信頼できる会社を自分の眼で選んで株や債権を買うか、apバンクのような団体に投資するか、ごく限られた選択肢しかないのです。大してお金は持っていませんが(^^;)、僕も困っています。

 自分たちのお金を責任ある投資先に投資したり、責任ある金融機関に預けることができるように、受け皿も増えて欲しいですし、一人ひとりが責任ある投資家、預金者になれるように、自分たちのお金の持つ影響力をもっと意識していきませんか? そうすれば、きっと私たちの願う社会が作れるはずです。

読んでくださって、ありがとうございます。
あなたのお金は大丈夫ですか?
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