2006年07月04日

不都合な真実

 事実なのだけれど、隠したい。誰にでも、一つや二つはそういうこともあるでしょう。しかし、それが全人類の未来を左右することだとしたら、どうでしょうか?

 "An Inconvenient Truth(不都合な真実)"は、アル・ゴア元米副大統領自身が出演しているドキュメンタリー映画で、気候変動(地球温暖化)で何が起こるのかを、科学的データに基づき、わかりやすいアニメーションで紹介するものです。

 こんな地味な(!)映画が一カ月ほど前からアメリカで公開されています。アメリカはご存じのとおり、京都議定書を批准していません。しかし、そのアメリカでも、こんな映画が話題を呼び、大手メディアも好意的に取り上げているというのですから、まだ捨てたものでもないようです。

■AN INCONVENIENT TRUTH(公式サイト)
http://www.climatecrisis.net/

 日本で公開されるのはまだしばらく先なので、内容については、まずは上記の公式サイトや、以下のニュース記事などをごらんください。

今後10年間で大災害もたらす恐れ ゴア氏がドキュメンタリー映画で警告(日刊ベリタ)
インコンビニエンス・トゥルース(不都合な真実)(Coffee Break)

 予告編はこちらから、どうぞ。
30秒バージョン(Google)
2分半バージョン(Google)
QuickTimeバージョン(Apple)

 公式サイトでは、気候変動についての簡単なまとめ(The Science)や、私たちが日常生活の中で何をできるか(Take Action)も解説されています。また、映画が自分の街で公開されるようになったら、最初の週末に映画を観ると「誓う」コーナー(See the Truth)もあって、さっき見た時には229,000人強の人が宣言していました。おもしろいしかけですね。

 以下のバナーをクリックして、pledge(宣誓)すると、サスラボ経由の宣誓の人数が増えます! 試してみてくださいね。




 ちなみにこの映画は、その名もParticipant Productions(参加する人制作)という映画会社が作っているそうです。(あずーるさん、教えてくれてありがとう!)「映画には人を鼓舞する力がある。あなたには行動する力がる。参加しよう!」と、まず人々を楽しませ、そして世の中を変えるために参加することを呼びかける映画を作っています。
■Participant Productions
http://www.participantproductions.com/
■Participate.net
http://participate.net/

 気候変動は、ブッシュ政権にとってはもっとも「不都合な真実」なのかもしれませんが、他にも不都合なことはたくさんありそうです。以下のリンクには、この映画以外の「不都合な真実」も紹介されています。
消される「不都合な真実」(毎日新聞)

 ところで僕は今日、アフリカの「不都合な真実」を観てきました。前にも紹介した「ナイロビの蜂」です。東京では7月7日までの上映なので、かなり無理をしましたたが、レイトショーを観たのです。

 前は飛行機の中でざっと観ただけだったのですが、改めてきちんと全編を観たら、やはりその価値がありました。映像も美しいし、一つひとつのセリフやしぐさに深い意味が込められていたり、とても丁寧に作られた映画です。スーダンの場面では、もう涙、涙です...

 しかし、この映画を評して「恋愛映画」ですか... とても恋愛がテーマとは思えないのですが、そう言わざるを得ない、何か「不都合な真実」が日本にあったのでしょうか? 

 東京での公開はもうあと数日を残すのみです。もしちょっと頑張れば観に行けるようだったら、そうする価値がある映画です。できれば映画館の大スクリーンで観てもらいたいのですが、それが無理ならビデオやDVDでも、是非ご覧ください。改めて、オススメします。
《関連エントリー》
本当にいた「ナイロビの蜂」


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2006年06月23日

本当にいた「ナイロビの蜂」

 実は全編を観たわけではないのですが(^^;)、大胆にも紹介しちゃいます。飛行機の中で途中まで見て、帰りの便で後半を見ようと思っていたら、帰りはやっていなかったんですよ(;_;) 

 映画の原題は"The Constant Gardener"(堅実な園芸家)。わけのわからん題名ですが、これは主人公であるジャスティンの趣味を言っているのでしょう。では邦題の「ナイロビの蜂」とはどういう意味なのかですが、この物語の影の主人公である製薬会社のロゴがハチなんですね。そして、映画の舞台がナイロビなので、「ナイロビの蜂」にしたのでしょう。え、余計わけがわからなくなりました?(^^;)
ナイロビの蜂(日本語版)
The Constant Gardener(英語版オリジナル)

 では少しだけストーリーを紹介しましょう。今日お伝えしたいことを説明するための最小限の粗筋に留めますが、ネタバレの嫌な方はスキップしてくださいね。(予告編と同じレベルですけどね)

 この映画でゴールデン・グローブ賞助演女優賞を取ったレイチェル・ワイズが演じるテッサは、正義のためには何を犠牲にすることも厭わない、果敢な女性です。思ったことはなんでもすぐに実行しないと気が済まない性質なのですが、それが文字どおり、命取りになります。

 彼女の夫であり、世間知らずのお坊ちゃま外交官のジャスティンは、妻の突然の事故死の原因を調べるうちに、とんでもない事実を知ることになります。国際的な製薬会社が、新薬のテストを安くあげるために、アフリカで「人体実験」をしていたのです。テッサはそのことに深く関わり過ぎ、殺されたのでした。

 で、この「人体実験」が今日のテーマです。フェルナンド・メイレレス監督自身が、この映画を撮りたかった理由として「製薬会社の陰謀について描きたかったから」と述べていますが、驚いたことにアフリカでは、実際にこうした人体実験もどきの新薬テストが今も行われているのです!

 もちろんその理由は、費用が安いからです。十分なインフォームド・コンセントもなされないまま、というよりそもそも自分たちが何の薬を与えられているかすら知らないまま、アフリカの人々はモルモット代わりにされているのです。そして幸運にもその新薬が有効であることがわかり、めでたく発売されることになったとしても、まず確実に、その新薬はそのアフリカの人々には経済的に手が届かないでしょう。自分たちには手が届かない薬のために、自分たちの身体を提供しているのです。

 そんな話はにわかに信じられないという方は、ぜひ以下の記事をお読みください。
新薬のモルモットにされるアフリカの人々(Le Mondeの記事の日本語訳)
原文はこちらです。
L'Afrique,cobaye de Big Pharma(アフリカ、巨大製薬企業のモルモット, Le Monde)

 なお、この記事に出て来るGilead Siences,Inc.は、タミフルの製造権を持っている会社だそうです。

 ジャスティン役のレイフ・ファインズも、「映画を観た後には、この愛の物語に感動し、そしてその後でいいので、自分の世界以外で起こっていることに興味を持って欲しい、企業の権力について知って欲しい」と語っています。

 ところがですよ、この映画の日本の公式サイトでレビューを見てみると... 「壮大なラブストーリー」なんて感想ばかりです。いったい何を見ているんでしょう? おまけにレビューのコーナーの見出しは「感動のハチミッツ!!!」 この映画が伝えたかったことを、本当にわかっているんでしょうか... うーむ。

 もう一つ、僕が後から知って驚いたことも書いておきましょう。映画の中には、テッサがスラムを訪れるシーンが頻繁に出てきます。これ、本物のスラムなのだそうです。なんでそんなところで撮影できたのかと言えば... 

ちなみに、テッサがアフリカ支援に打ち込むシーンが、
たくさん出てきますが、
これは、テッサ役のレイチェル・ワイズ(アカデミー助演女優賞)や、ジャスティン役のレイフ・ファインズをはじめ、
この映画の制作スタッフが、
実際に、ケニアの飢餓状態のスラムの村に行き、
"Constant Gardener Trust"というNGOを作り、
そこに橋と水施設を作り、インフラを整備し、
その姿をドキュメンタリー手法で撮ったものです。

出てくるアフリカの子どもたちは、
実際に、そのスラムの村の子どもたち。
テッサと子どもたちの交流は、
演出ではありません。

それから、この映画の収益、
そしてドネーションは、
"Constant Gardener Trust"を通じて、
アフリカのスラムに送られます。
出典:http://blog.kansai.com/rebelblog/121


■The Constant Gardener Trust
http://www.constantgardenertrust.org/

 自分たちの世界以外のことに、日本人は本当にこんなに無関心でいいのでしょうか。知らないのはしかたがありませんが、同じ映画を見た後の反応の違いが気になります。

 と、あまり嘆いてもしかたがありません。まずは観てみてください。映像も音楽も美しく、それだけでもいいですよ。僕ももう一度、きちんと始めから終わりまで観ようと思っています。


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2006年06月21日

石油を食べる現代人

「世界がもし100人の村だったら 3 たべもの編」 池田香代子+マガジンハウス編 マガジンハウス 952円+税

 食べることは、生きることの基本。その人がどんな人かは、その人がなにを食べているかを見ればわかるとも言います。それでは、現在の日本人は、いったいどんな「人」なのでしょうか? この本に取り上げられた数字を見れば、私たちの異常な食生活、つまりは異常な生活が浮かび上がってきます。

 たとえば、日本の食料自給率が40%と、先進国の中では圧倒的に低いことはご存じの方も多いでしょう。しかし、戦後しばらくは、自給率はまだ80%ぐらいあったことをご存じでしょうか? 和食中心の質素な食事であれば、ほぼ自給可能だったのです。ちなみに現在、日本の穀物自給率は28%ですが、これはサウジアラビアの29%とほぼ同じです。

 このように、私たちはたくさんの食べ物を外国から買っています。私たちがどんな食品を買っているのかと言えば...
日本のわたしたちは、食費のうち
8%を生鮮食品に
30%を外食に
62%を加工食品につかっています。
加工食品は
日本が世界一たくさん輸入しています。
(p.46より)

 つまり、食べるというもっとも基本的な行為まで徹底的に経済化されているのが、今の日本人ということなのでしょう。さらに言えば、日本人は、少なくとも間接的な意味では、農薬を食べています。

村の水田のうち、日本の水田は
1.6%です。でも
村の、稲作のための農薬のうち
半分以上は、日本がつかっています。
(p.32より)

 その他にも、日本人が一年に「食べている」食品添加物の量は1人あたり24キロ(p.46)です。

 しかし、日本人は同時に、食べ物を食べていない国民でもあるのです。世界の食料援助は年間1000万トンですが、日本人の食べ残しは年間2000万トン以上(p.49)なのです。あぁ、なんと罪深いことか...

 でも、安心してください。狂っているのは、日本だけではありません。

アメリカの4人家族は
1年にたべる牛肉のために
1000リットルの石油を使います。
アメリカでは、石油の
15%を、たべもののためにつかっています
(p.28より)


 このアメリカ人は、「砂糖にすると、一人が一日にティースプーン50杯分の糖分をとって」いて、その結果、成人の6割が肥満、14%は超肥満。子どもだって25%が肥満です。どうです、日本人なんて可愛いものでしょう?

 この本には、私たちが何を出来るかも書いてあります。私たちが世界中で作られた穀物を平等に分ければ、一人当たり2800キロカロリー。十分に食べて、お釣りが来るのです。おっと、ただし、みんなが肉を食べるのは無理ですけれどね。

 先進国の住民である私たちが、肉、牛乳、バター、ビタミン剤、健康食品の摂取を減らし、コーヒーはフェアトレードのものにして、放牧されて育った国産牛の肉と乳しか取らない。つまり、昔の食事のスタイルにもどせば、世界は十分にやっていけるのです。

 そうそう、この本がこれまでの「世界がもし100人の村だったら」シリーズと大きく違うのは、最後にフォトストーリーが掲載されていることです。

 フォトストーリー「ネパールの少女ランマヤの給食ものがたり」を読めば、食べ物を見れば、その人がわかるという言葉も納得できるでしょう。

 また、子どもたち、特に女の子が学校に通うことができるようにとWFP(世界食糧計画)が進めている「学校給食プログラム」は、なかなかのすぐれものです。うまいことを考えたものです。

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2006年06月19日

止めるなら今

 今後30年以内に起きる可能性が87%と計算されている東海地震。その時、何が起きるのか、とても不安になります。自分の家は、地震に耐えることが出来るのか? 交通機関は? 職場から家には戻れるのか? 家族とは再会できるのか?

 しかし、そんなことより、実はもっと恐ろしいことがあります。日本でももっとも大地震が起きやすいとされている場所の真上(御前崎市)には、中部電力の浜岡原子力発電所があるのです。

 もしM8クラスの大地震が直下で起きた場合、浜岡原発は放射能漏れ(最悪メルトダウン!)を起こし、甚大な原発震災を起こすことが予想されます。下図のように南西の風が吹いていた場合、放射能は6時間程度で首都圏に達し、8時間後には全域が包まれることになります。


 浜岡で最大の4号炉だけが爆発した場合でも、その放射能汚染によって191万人がやがてガンで死亡すると予測されるそうです。もし5機の原子炉すべてが連鎖的に爆発すれば、その数は830万人にも拡大するのだと! ちなみに、第二次世界大戦で戦死した日本人の数は、114万人です。

 そして、首都圏全域が人間が住めない場所になってしまうことになりそうです。生き残った人々は、いったい、どこでどうやって暮らしていけばいいのでしょうか。いや、日本という国が、生き残ることができるのでしょうか。

 政府も、中部電力も、浜岡原発の原発震災は「起こらない」として、口をつぐんでいます。その危険性について、何が起きるのか、どのぐらいの可能性があるのか、どうしたら放射能から身を守れるのか?「放射能で首都圏消滅」(食品と暮らしの安全基金、古長谷稔、三五館、1200円+税)は、そうしたことを具体的に説明しています。

 地震学者の警告や、元技術者の内部告発も掲載されています。これだけ大きなリスクと、これだけの批判がありながら、まともに反論すらしようとしない中部電力と政府は、まったくもって無責任としか言いようがありません。

 多くのマスコミも「危険はない」という政府発表を鵜呑みにするだけで、ほとんど警告をしていません。「週刊現代」(6月17日号)が浜岡原発の危険性を取り上げたのは、かなりの例外でしょう。僕もこれを立ち読みして、慌てて「放射能で首都圏消滅」を読んだのですが、なんとこの号は、当の浜岡原発の地域では買い占められていたという噂も聞きました。

 実は先週15日に、この浜岡原発の5号機が自動停止するという「事故」(事件?)がありました。発電機のタービンが異常振動したため、自動停止したそうです。こんなことも、ごくひっそりと報道されただけです。このニュースに気付かれた方はどのぐらいいらっしゃるでしょうか? 

 私たちは地震を止めることはできません。しかし、原発なら止めることはできます。地震が起きても、原発が完全に冷えていれば、核燃料が抜き出してあれば、原発震災はほぼ防止することができます。

 止めるなら今、地震の起きる前です。起きてからでは、すべてが遅過ぎます。原発を停止してから、原子炉が十分に冷えるまでには、少なくとも数ヶ月が必要です。

《関連リンク》
■ストップ浜岡原発
http://www.stop-hamaoka.com/

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2006年06月04日

どこから来たの?

地球買いモノ白書」 どこからどこへ研究会著 コモンズ 1300円+税

 少し前に出た本ですが、原材料調達入門(笑)に絶好の一冊です。鶏肉、マグロ、カップ麺、缶コーヒー、雑誌、スポーツシューズ、ケータイ、ダイヤの指輪、マンションと、私たちが毎日お世話になっている(消費している)モノが、一体どこから来ているのかを、わかりやすいイラスト入りで教えてくれます。え、こんなものが、こんなところから? こんな風にして? きっと驚くことがあると思います。

 100ページほどの薄い本ですが、時間がないという方は10ページの第二部を読むだけでも、十分に概要がわかると思います。でも、「モノ語り」が圧倒的に面白いので、きっと第一部も読んでしまうはずです(笑)

 著者は「どこからどこへ研究会」とちょっと不思議な名称ですが、実はこの本は、13人の市民が集まって2年半かけて調べあげたものなのです。メンバーは、主婦、学生、会社員とさまざまな立場の方々です。自分たちが日ごろ消費しているモノがどこから来ているのか? その好奇心が作り出したのがこの本です。

 そうした普通の市民が、仕事や家庭生活の中で行なった調査ですので、基本的には文献調査とインターネットによる検索に依存しています。ですから難点を言えば、すべての説明が、それぞれの製品や業界の事情をバランス良く紹介しているとは言えないところもあります。本当にその製品や業界の現状を知りたければ、より専門的な調査をする必要があります。

 それでも、フツーの市民が、自分たちの生活がどのような形で世界とつながっており、どのような影響を与えており、それを改善するために何ができるか、を調べ、考え、提案したところに、本書の最大の価値があると思います。おもしろく、そして確実にためになる本です。

 目次

第1部  9つのモノ語り
チキン―至れり尽くせりの加工品
マグロ―回転寿司の王様
カップ麺―世界中から食材を集めて
缶コーヒー―農民の汗と悲哀
マガジン―それは原生林からやってきた ほか)

第2部 モノ語りから見えてきたこと
日本はたくさんのモノを輸入して国内にためこんでいる
日本が輸入している一次産品は多くの地域から調達されている
子どもがつくったモノをわたしたちは買っている
わたしたちの買っているモノが環境を破壊している
新しいライフスタイルって?―わたしたちにできること
インターネットを活用しようー市民のための情報アクセスガイド



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2006年05月12日

非暴力で戦う

 「娘と話す非暴力ってなに?」 ジャック・セムラン著 現代企画室 1000円+税

 暴力が問題の解決手段にならないことは、明白です。歴史をふり返ってみれば、戦争で問題が解決したことは決してありませんでしたし、私たち自身の過去の経験を考えてみてもそうでしょう。

 暴力に対する言葉として「非暴力」という言葉があり、例えば「ガンジーは非暴力主義者であった」などと聞きます。しかし、それではその「非暴力」とはなんなのでしょうか? たとえ酷い仕打ちを受けても、ときに暴力を受けても、ただそれを受け入れる無抵抗な態度のことなのでしょうか?

 その問いに答えてくれるのが、この本です。著者は「非暴力って消極的な、受け身の態度ではないの?」という娘の質問に答えることから始めます。「受け身なんかじゃない。非暴力とは、暴力を使わないで暴力に対抗することなんだ。」と。

 なるほどね、たしかにそうです。されるがままの受け身の態度では問題は解決しません。ガンジーも、キング牧師も、暴力は使わずに、しかし、それ以上に強い精神と行動で毅然と戦ったのです。

 正直に言えば、この本を読んでも、どうすれば非暴力で効果的に戦うことができるのか、問題が解決できるのか、わかるわけではありません。むしろ、非暴力という行動には、覚悟も、忍耐も、精神的な強さも必要なことを痛感させられます。

 しかしそれでも、非暴力こそが解決への希望であることも感じさせてくれます。たとえそれが困難であっても、それしか道はないのです。そんな、非暴力について、じっくりと考えてみる機会を与えてくれるのが、この本の効用と言えるでしょう。

 そして個人的には、この本を読んで3つ驚きがありました。

 一つ目は既に書いたように「非暴力とは受け身の態度ではない」ということを、明確に気付かされたことです。今まで非暴力の意味なんて、ちゃんと考えたことがなかったわけです。

 もう一つは、フランスには調停員がいる中学校があるそうなのです。もちろん、生徒が調停員になるのです。人の話をしっかりと聴く訓練を受け、自分で判断をするのではなく、両者の共通点を見つけ、当事者同士に解決法を見つけさせるのだそうです。これってすごくないですか? 

 最後の一つは、高橋源一郎氏の解説でした。何かを語り、説得しようとする時、語り手はややもすると、説得のために「暴力」を用いるようになる。しかも、父と娘という「権力関係」が存在する場所は、「暴力」が発生する根源でもある、と氏は指摘します。つまり、著者がこの本で試みたことは、非暴力をわかりやすく説明することではなくて、それを「自分の娘に説明する」ということなのだと。

 なるほど。その構造に僕は最後まで気付かず、高橋氏の解説を読んで初めて、ハッとさせられました。そして同時に、自分や自分の行動の中に潜む暴力にも、気付かされたのです。


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2006年05月04日

「10年後の日本」

「10年後の日本」 『日本の論点』編集部 (編) 文春新書 730円+税

 持続可能な社会を創るためには、まずその目標となるビジョン、すなわち未来像をしっかりと描き、そこから現在へ逆戻って考え、これからやるべきことを整理するのが良い、としばしば書いてきました。(例えば、「2025年の世界」

 2020年、あるいは2025年にどのような持続可能な社会を築くかは、予測するのではなく、私たちが決めることです。そもそも、予測なんてしたところでほとんど当たることはありませんし...

 それでも、この先どのような問題、どのような状況が出現する可能性があるかについて考えておくことは、事前に準備ができるという意味で、決して無駄ではありません。重要なのは、正確な将来予測をするのではなく、予め考え、準備しておくことなのです。

 それでは今後10年でどのような問題や事件が生じ得るのでしょうか? それを考えるときに役に立つのが本書です。帯には大きな文字で「衝撃の大予測」とありますが、必ずしも2015年の世界が予測されているわけではありません。こんなことも考えておかないときっと問題になるよと、問題の頭出しをしていると言った方が正確でしょう。

 その内容については、以下の目次を見ていただくのが一番です。ちょっと長いのですが、できれば一つひとつ読んでみてください。

1 変わる日本社会のかたち
 格差の線引きー自由な競争が社会を引き裂く
 治安悪化ー警官増員するも検挙率上がらず
 消費税二けた化ー大幅引き上げは必至
 地方分権のゆくえー貧乏自治体から住民が逃げる
 老朽化するインフラー巨額の血税が廃墟列島に消える

2 鍵をにぎる団塊世代
 大量定年のその後ー700万人が"無職老人"と化す
 逃げ切り世代の落とし穴ー退職金、企業年金があぶない
 第二の人生ー世界一長い余生を楽しく過ごす
 がん人口急増ー団塊世代ががん年齢まっただなかに
 貯蓄率低下ー「背伸び消費」で団塊が貯金を取り崩す

3 ビジネスマンの新しい現実
 「匠の技」の断絶と流出ーものづくり大国の凋落がはじまる
 移民開国への土壇場ー人材の空洞化は避けられない
 訴訟社会の到来ー弁護士大増員が係争増加を招く
 バブル入社組の暗転ー"第二の団塊"に最後の審判が下る
 マンション・オフィスビルの供給過剰ー都心に不動産暴落の危機
 進化するテクノロジーーロボットが少子化時代の救世主になる

4 漂流する若者たち
 Y世代の台頭ー成長を信じない若者が新たな文化の担い手に
 フリーター500万人時代ー定職をもたずに老いる若者たち
 労働力の外注化ー個人のライフスタイルが働き方を決める
 学力の衰退ーゆとり教育と大学全入の弊害が噴出
 ひきこもりの高齢化ー親の負担から社会の負担へ

5 世代が対立する高齢社会
 年金崩壊ー約束された給付水準は守られない
 縮小する介護サービスー高齢者が日本を脱出する
 老人ホーム戦国時代ー選択枝は増えるがトラブルも多発
 高齢者の都心回帰ー大都市郊外の過疎化が深刻に

6 家族の絆と子どもの未来
 虐待の連鎖ー殴られて育った子が虐待する親になる
 教員大量定員ー危惧される指導力の低下と教育格差
 教育の自由化ー競争原理の導入で学校も生徒も淘汰される
 子どもの体力低下ー2016年オリンピック惨敗の予感

7 男と女の選択
 出生率低下ー結婚したくてもできない男女が増加
 離婚ラッシュー「年金分割」施行を待っていた妻たち
 生殖医療の限界ー子の「知る権利」法制化で精子提供者が激減
 代理母の功罪ー不妊夫婦は海外をめざす
 変質する夫婦観ー10年後に専業主夫が20万人を突破

8 地球環境の危機
 切迫する大地震ー30年以内に首都圏直撃の確率は70パーセント
 エネルギー危機ー激化する資源戦争に新たな展開が
 地球温暖化の悪夢ー人類による自然資源の浪費がつづく
 飽食の未来ー食糧危機がやってくる
 恐怖の感染症ーエマージングウィルスが猛威をふるう

9 グローバル経済の奔流
 財政破綻へのシナリオー2010年、国債の大量償還の危険
 暴走する金融市場ー長期金利の暴騰とハイパーインフレが来る
 中国経済の過熱化ー失速一歩手前までヒートアップ
 BRICsの台頭ー日本に新しいパートナーができる

10 不安定化するアジア
 北のミサイルの脅威ーそのときMDは役に立つか
 現実化するNBCテロー試される国民保護法の真価
 南北統一する朝鮮半島ー統一が新たな対立の構図をつくる
 中国共産党崩壊の可能性ー揺らぐ一党独裁の正統性


 47項目を打ち込むのも結構大変でした(^^;) 本書に書いてある通りの2015年が実現するとは思いませんが、私たちが今考えておかなければならない問題は、なかなかよく盛り込まれていると思います。(とは言え、かなりのものが10年後というよりは、既に顕在化しつつあるのですが...(^^;))

 正直言って暗い内容のものが多いですし、これら47項目すべての対策を考えようと思ったら大変です。しかし逆の見方をすれば、この先10年でやらなければいけないことは、これで明確になったのです。あとは、それをうまく避けて進めればいいのです。地図もなしに暗闇を猛スピードで突っ走るのに比べれば、取るべき道筋は、ぼんやりとながら見えてきたはずです。

 ここでは各論には触れませんが、本書に取り上げられた一つひとつの項目が、まさにこれから私たちが取り組みべきアジェンダです。一人ですべてを背負う必要はありませんが、興味がある項目、自分と関係が深そうな項目については、じっくりと考えてみてはいかがでしょうか。各項目は数ページで完結しており、どこからでも興味のあるところだけ読むことができます。

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2006年04月16日

「インターネット的」

 「インターネット的」 糸井重里 PHP新書 660円+税

 糸井重里さんが1998年に「放送開始」したホームページの「ほぼ日刊イトイ新聞」は、有名人によるブログの走りかもしれません。しかし、'98年と言えばついこの間のように思えるのに、既に7年が経過し、その頃はまだブログという言葉がなかったのですから... うーん、時の流れは恐ろしい。

 この本には、糸井さんが「ほぼ日」を始めようと思ってから、実際に始めて気がついたことなどが、「ほぼ日」のような平易な文章で綴ってあるのですが、その緩く流れる言葉に騙されてはいけません。インターネットの本質を見事に見抜いています。

 「インターネット的」であるとはどういうことかと言えば、糸井さんは次の三つの鍵を挙げています。リンク、シェア、フラットです。しかしまぁ、これは比較的よく言われていることなので、ここでは詳しくは書きません。

 おもしろいなと思ったのは、その結果として糸井さんがインターネット的の特徴として挙げていることの方です。まずは、まるごと渡せること。つまり、テレビや雑誌のように入れ物の制限がないので、編集なしのすべてを渡せるということです。また、まだ自分の中でも熟していない思いを出せること。その思いが、インターネットの中で結晶化していくのだと言います。だから、完成形など待たずに、今あるものをまずは出し切る、そこから受け手の力に手助けされて、素晴らしいものになるかもしれないのです。

 つまり、推敲され、編集された完成形の情報を渡すのではなく、むしろ料理の途中を見せることで、情報の受け手にも、料理に参加してもらおうというスタンスでしょうか。もちろんこれまでも一緒に仕事をする仲間とはこのような形で作業をすることはありましたが、無限に連なるリンクの中で、情報をシェアし、フラットな関係の中でそれを進めるのですから、何が出て来るか予想すらつきませんね。

 そしてこうしたインターネット的な世界を支える原理として、糸井さんは信頼を挙げています。その根拠は、社会心理学者の山崎敏男さんの「相手をだましたり裏切ったりするプレイヤーよりも、正直なプレイヤーの方が、大きな成果を得る」という実験結果です。つまり、「正直は最大の戦略である」ということですね。

 この実験結果は、「正直者がバカを見ない社会」を理想と考えてきた糸井さんを大きく勇気づけましたし、実はこのことは既に実際の社会の中で証明されているのではないかと言います。つまり、正直でないことをした企業は社会からの信頼を失っているし、これからの社会は、企業の「考え方やセンス、モラル、理想」などに消費者が賛同するという形でビジネスが行われていくのではないかと。

 なぜかと言えば、商品やサービスが均一化してくれば、人々はその企業が実現したい社会像に、選挙の投票をするように買い物をするようになるのだと。だから、「企業が、広報活動や商品を媒体にして、自分たちの理念・理想を伝えることは、その企業の存続に関わるようになっていきます」と言うのです。これはまさしくCSRで議論されていることですが、それをCSRなんていう言葉はおそらくまったく意識していないだろう糸井さんの口から出てくるのがびっくりです。

 しかもその後には、「その会社が好きだから株を買う」というSRI(社会的責任投資)的な動きまで予測しています。慧眼と言うより他にありません。

 そして、こうしてどんどんインターネット的になっていく社会、その先に私たちを待ち受けているものは... 詳しい議論は本書を読んでいただくことにして、私たちの社会が本当に豊かになれるためには、一人ひとりがクリエイティブになるためには、そんなヒントが満載です。

 技術や仕組みとしてインターネットではなく、インターネットという技術が作り出した新しい環境、可能性としての「インターネット的」社会を、自分の視線にこだわって解きほぐした本書は、これからの社会のあり方を考える上でとても参考になると思います。そして何より、糸井さんがたどりついたこれからの企業のあり方が、信頼を基盤とするものであったことが、これからの社会に希望を与えてくれます。

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2006年04月03日

「食品の裏側」

「食品の裏側 〜みんな大好きな食品添加物〜」安部司 東洋経済新報社 1400円+税

 あなたはコンビニやスーパーで買い物をするときに、「合成保存料・合成着色料は使用していません」という表示に安心していないでしょうか? 合成保存料や着色料こそ入っていなくても、店頭に並ぶ食品は、今や薬漬けとも言うべき状況です。実際、業界では添加物のことを「クスリ」と呼んでいるそうです。

 店頭に並ぶ加工食品の原材料のラベルを見ると、そこには様々な化学物質の名前に加えて、調味料(アミノ酸等)、pH調整剤、乳化剤などなど。およそ食品とは思えない物質の名前が羅列されていることに驚くでしょう。自分で料理するときに使わない材料は、本来は食品には不要なはず。なぜそんなモノが入っているのか、なぜこんなに安いのか、なぜこんなにきれいな色をしているのか、なぜこんなに日もちがいいのか... そうした素朴な疑問を持ちながら、加工食品とつきあうべしというのが著者の勧めです。

 実は著者は、かつては「食品添加物の神様」とまで呼ばれた添加物の辣腕営業マンでした。そして、食品添加物は、製造コストを下げ、手間を省き、消費者には安くて見映えが良く、すぐに食べられる商品を提供し、お店では日もちも良く、廃棄物も減らすと、すべての人にメリットをもたらす「魔法の粉」と固く信じていたそうです。しかし、それはあくまで、「つくる側」「売る側」からの認識だったのです。

 ある日著者は、自分の幼い娘が自分が開発に関わったミートボールを嬉々として食べようとしているのを見つけ、「食べたらダメ」と思わずその皿を取り上げてしまいます。自分も家族も消費者であることに、そしてその立場からはとても自分の仕事が受け入れられるものではないことに、著者は気づいてしまったのです。翌日、著者は会社を辞めました。

 実際に食品製造と開発の現場で多くの添加物を操ってきた人が語る裏話には、説得力がありますし、考えさせられます。どこで何がどうして必要なのか、その仕組みがよくわかって興味深い、いや恐ろしくなります。

 著者は単に添加物が一方的に悪いというのではなく、その利点も認めています。なんと言っても、添加物がどのように役に立つかは、誰よりも知っているのですから。しかしその上で、食品業界はきちんと添加物に関する情報開示をし、その上で消費者が各自の判断で選ぶべきと言います。

 様々な分野で急速に説明責任や情報開示が進んで来ましたが、食品業界はどうでしょうか? トレーサビリティーが重要なのはもちろんですが、この本を読むと、もっと足元の原料表示すら消費者側の視点からはなされていないように感じました。法律で認められている物質だから、認められた表示方法だからそれで良いのではなく、消費者の視点で納得できる表示と情報開示をすべきなのではないでしょうか。

 もちろん今店頭に並んでいる加工食品は、違法ではありません。きちんと「法の基準」を守っているものがほとんどです。しかし、ものをつくる基準には、それ以外にも「まごころの基準」があるべきと主張します。CSRを謳う食品企業には、ぜひ一度考えもらいたいテーマです。 

 この本は研究者が書いたわけではないので、科学的と言えない説明や、また自説を利するレトリックも散見されます。しかし、それはご愛敬でしょう。むしろ、添加物を単にその毒性から論じているのではなく、食文化への影響にまで言及している視点が重要だと思います。

 「食べることは命をいただくこと」なのに、私たち自身があまりに簡単さ、便利さ、安さだけを求めているのではないかと著者は疑問を投げかけます。そして、子供たちがキレるのは、命を大切にしないのは、「食を軽く見た代償」なのではないかとも。食はすべての原点であり、これをないがしろにすることの恐ろしさ、あるいは大事にする必要性を改めて感じさせてくれました。

 自分や家族の身体と心を形作る食事だからこそ、手間暇をかけて、必要なコストは払って、まっとうなものを食べたい。つくづくとそう思いました。


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2006年03月23日

「下流社会」

 今日は久しぶりに書評です。持続可能な社会とはあまり相容れない方向に、どうやら社会は動きつつあるようです。さて、この課題にはどうこたえましょうか?

 「下流社会 ー新たな階層集団の出現ー」三浦展 光文社新書 780円+税

 日本社会はどんどん階層化が進んでいるといいます。それにしても、下流社会とは? 副題にもあるように、下流社会とは新たな階層集団であり、著者の造語です。しかし、著者の定義によれば、この層の人々は単に所得が低いだけではなく、「コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低い」のだそうです。

 著者の分析によれば、 昭和30年代初頭、たしかに日本はまだ貧しく、国民の約半数が自分の生活を「下流」だと感じていたものが、わずか15年で国民の60%が中流意識を持つまでに経済的に成長したと言います。ところが、バブルの崩壊と伴に、90年代後半には中流から下流に転じる人が増えるも、上流はそのまま維持されたと言います。すなわち、二極化です。

 そして、この減少がもっと恐ろしいのは、こうした階層が固定化されているというのです。なぜなら、年収300万円では今や結婚もできない。結婚できとしても、収入の低い男性は収入の低い女性としか、逆に収入の高い女性は収入の高い男性と結婚する傾向が強いことから、世帯収入はさらに差が開いていくのです。一方、所帯収入を700万円以上に維持するために、子供を持つことを我慢している傾向も見られるのだそうです。

 そして収入が異なれば、住む場所も、趣味も、消費形態も、家族観も異なり、そうした行動パターンの違いが、ますます階層を固定化しくと言います。なんとも嫌な社会像ですが、たしかに言われてみればこの10年、社会はたしかにこういう方向に動いてきたようです。

 このような下流化は、著者によれば団塊ジュニア、もっと正確に言えば実際に団塊の世代の子供である真性団塊ジュニアに顕著なようです。それは、この世代が貧富の差を経験していないため、物質的にはさほど不自由をしていないため、あらゆる意欲と上昇志向を失っているのではないかとの推論です。そしてこの世代の性向を作っているもう一つ大きな原因が、「自分らしさ」という「呪文」だというのです。「自分らしさ」、「個性」、「ナンバーワンよりオンリーワン」、こういった口当たりの良い言葉が、都合の良いエクスキューズとなっているようです。

 たしかに競争だけの社会も住みにくいでしょうし、確実に弊害もあるとは思います。しかし、現実にはそうした競争原理がますます強く働くようになりながらも、「自分らしさ」という言葉で、上昇志向を摘み取り、そこそこのモノで満足させることであらゆる意欲を失わせる社会も、とても健全とは思えません。

 階層が固定化され、逆転のチャンスが非常に小さくなっていくとは、人々のやる気をさらに失わせ、社会全体の活力を失わせます。たとえその社会においては上流になり得たとしても、社会そのものが脆弱に、不安定になったのでは意味がありません。

 こうした階層の固定化を防ぐ方策として、著者は教育の機会均等ではなく、「機会悪平等」を提案しています。悪平等とは挑発的な名称ですが、要は一種のアファーマティブ・アクションです。詳しくは本書を読むお楽しみに取っておきますが、僕もこのぐらいの施策はあっていいように思いました。

 最期に本書の「はじめに」に掲載された「下流度チェック」も紹介しておきましょう。
□ 1 年収が年齢の10倍未満だ
□ 2 その日その日を気楽に生きたいと思う
□ 3 自分らしく生きるのがよいと思う
□ 4 好きなことだけして生きたい
□ 5 面倒くさがり、だらしない、出不精
□ 6 一人でいるのが好きだ
□ 7 地味で目立たない性格だ
□ 8 ファッションは自分流である
□ 9 食べることが面倒くさいと思うことがある
□ 10 お菓子やファーストフードをよく食べる
□ 11 一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくある
□ 12 未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)

 半分以上あてはまれば、かなり「下流的」なのだとか。あなたは、大丈夫でしたか? 

今日も読んでいただき、ありがとうございました。
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2005年12月08日

「ファストフードが世界を食いつくす」

 エリック・シュローサー/著、草思社、1680円

 バンコクの街中を歩いていても、欧米系企業の看板がよく目につきます。特に目立つのは、セブン・イレブンやスターバックス、そしてなんと言ってもマクドナルド。サブウェーなんかも案外よく目にします。

 屋台で麺をすすれば、一食20〜30バーツ(1バーツ≒3円)で済むのですが、スタバでコーヒーを飲めば100バーツ、マクドナルドはどのぐらいなんでしょうか。自分では食べないのでよくわかりませんが、たぶん普通のハンバーガーが60バーツぐらいなのではないかと... 推測ですけれど。
Mee.jpg
お昼ご飯は屋台のバーミー。1杯25バーツでした。

 つまり、伝統的なファストフード(屋台食)からすれば圧倒的に高いのですが、小奇麗で、おしゃれに見えるということもあり、バンコクあたりでは若い人たちに人気があります。それでもコーヒーに100バーツ(たぶん日本で言えば、1000円以上の感覚です)はかなり高いので、ハンバーガーあたりであれば、ちょっと背伸びをして手を出してみようかなということなのでしょう。

 そのようなわけで、今や世界中どこへ行っても、同じハンバーガーやコーヒーのお店が並んでいるのですが、これって一種の文化の破壊ですよね? 街の景観を変えるだけでなく、食文化をも破壊しています。

 しかし、こうしたファストフード・チェーンが食いつくしているのは、食文化地域経済だけではないことを、見事に描いているのが本書「ファストフードが世界を食いつくす」です。

 徹底的なコスト削減のために、劣悪な労働環境で文字どうり危険と背中合せに働かされ、搾取される低賃金労働者。かっては裕福だった大規模自営農家も、いつしかこうした大企業の巨大な構造に組み込まれ、隷属するしかなくなっていると言います。途上国の零細農家の話ではありませんよ、アメリカの大規模農家がそうなのです!

 もちろん消費者も、食習慣の悪化による成人病、あるいは急性の食中毒といった形で被害を被っています。これはアメリカ人の体型を見れば一目りょう然ですね。自分はファストフードは食べないから大丈夫という人も、あなたの払った税金がこうした健康被害のために、あるいはファストフード企業が受け取る政府補助金という形に使われているのだそうです。(あくまでアメリカの話ですが)

 こうした暗い側面にはすべてフタをして、明るいイメージの店舗とコマーシャルで世界ブランドを確固たるものにしてきた世界企業、それがファストフード産業の実態だと著者は指摘します。そして、もしあなたがそうしたファストフード・ラバーだとすれば、あなたもそのことに加担していることになります。

 このあまりに巨大な力を持ってしまった世界企業について聞くと、暗澹とした気持ちになります。今さら私たちが、こうした企業に立ち向かう方法はあるのでしょうか? 実はあるのです。著者のシュローサーは言います、「ただ買うのをやめればいいのだ」と。

 無意識にいつものハンバーガーショップで、ハンバーガーをかぶりつく前に、あなたたハンバーガーを食べることが、どのような社会につながっているのか、考えてみてはどうでしょう。その答えは、この本の中にあります。

 というわけで、僕はお腹に気をつけながら(^^;)、今日も屋台探訪です。


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2005年11月28日

「ファストフードと狂牛病」

 エリック・シュローサー著/草思社 998円

 昨日、狂牛病のことを少し書きましたが、その背景を短時間で理解するのに良いのが本書です。これは名著「ファストフードが世界を食いつくす」の著者が、「ファストフード」発表後に世界中を恐怖に陥れた狂牛病に焦点を当てて書いた本です。前作のように現場をリアルに掘り起こす迫力には欠けますが、日本の事情についても、かなりのページが割かれています。

 狂牛病の直接の原因は、草食動物である牛に、牛を餌として与えるという不自然な育て方です。そして、こうした事態が発生したより本質的な原因は、前作でも示されたように、食品の工業化と、それを支配する巨大な食品ビジネスの存在です。著者は狂牛病だけでなく、雪印事件などについても触れ、無責任な企業の姿勢を厳しく追及しています。

 本書はまた、本来は国民の健康を守る義務のある各国政府が、農業関係者の短期的な利益を優先し、消費者の利益をまったく守ろうとしなかったことも暴いています。飼料の危険性がわかってからも、アメリカの食品医薬局は5年以上、畜牛を禁止飼料から遠ざけることができなかったのです。一方、マクドナルドはこれをわずか数週間で実行しました。これこそ、企業の素早さと、実行力の大きさを示す好例です。

 もちろん、著者は大企業による食べもの支配には本質的に反対の立場で、僕もそれに同意します。その意味で、保健相と農業相を辞任させ、新たに農業保護より消費者保護を優先する農業栄養消費者保護相を誕生させたドイツ政府の取り組みは評価したいと思います。

 ファストフードそのものが抱えるさまざまな問題、特に企業がいかに農業や労働者に悪影響を与えているかについては、やはり前作の「ファストフードが世界を食いつくす」がオススメです。これはまた次に紹介しましょう。


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posted by あだなお。 at 23:44| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月03日

「ザ・コーポレーション」

 以下の質問にYes/Noで正直に答えてください。
1. 他人への思いやりがない
2. 人間関係を維持できない
3. 他人への配慮に無関心
4. 利益のために嘘を続ける
5. 罪の意識がない
6. 社会規範や法に従えない
 もし複数の質問への回答がYesであったら、一度精神科に相談した方がいいかもしれません。ところが企業の多くは、すべての回答がYesなのです。彼らを精神分析するとすれば、その診断結果は、紛れもないサイコパス(人格障害)です。そして、その人格障害の法人が、世界中に強大な影響力を及ぼしているとしたら...

 そんな企業の暗部を鋭くえぐったドキュメンタリー映画が、「ザ・コーポンレーション」です。12月からUP LINK X/FACTORYでお正月ロードショーとして公開されますが、僕は昨日試写会に行ってきました。

 スポンサー企業に都合の悪いドキュメンタリー番組をもみ消したフォックス・テレビ、ナチスのために働いたIBM、水道水を人質にボリビアの貧しい人々の収入をむしり取ろうとした国際水道会社。うんざりするエピソードばかりです。これがけっして全てだとは思いたくありませんが、やはり企業は信じられないのかという思いも頭から振り払うことができなくなってしまいます。正直言って、自分はこのまま企業のために仕事をしていていいんだろうかとも思いました。

 しかし、まったく救いがないわけではありません。例えば、インターフェース社のレイ・アンダーソン。彼のような想像力、倫理観、実行力をもつCEOが増えれば、風向きは少しずつ変わるかもしれません。残念ながらそうした経営者はまだ本当に少数ですけれど、彼の正直な告白を聞き入る経営者たちの表情に、もしやとの期待を持ってしまいます。CEOだって人間なんです。本当に問題なのは、CEO個人ではなくて、企業という怪物です。

 もう一つ別の可能性は、マイケル・ムーアーの言葉の中に見つけることができました。「皮肉なことだが、俺の撮った映画は大企業が配給してくれている。反発ばかりする俺を、なぜ連中は追い出さないのだろうか。(中略)俺はそんな資本主義の欠陥を利用してい撮っているんだ。”欲”という欠陥を。連中は金儲けのためなら、自分の首をくくる綱も売る。俺はその綱の一部でありたい。」
 高邁な倫理観も、厚顔な企業の前ではなんの役にも立たないのだとすれば、まさにムアーが指摘するこの欠陥、金のためなら自分の墓穴だって掘る習性を使うことしか、解決への道はないのかもしれません。

 私たちがどのような社会で生きているのかを理解しておくために、あなたが自分の勤める企業によって踏みつぶされないために、そして私たちの次の世代により真っ当な社会を手渡すために、すべての人におすすめします。「資本主義社会サバイバル・シネマ」の公開は、12月10日からです。


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皆さんの感想をお待ちしています。


追記(11/9):
公式ページのリンク集は、映画のエピソードをさらに詳しく知りたい場合に大変参考になります。要チェックです。
http://www.uplink.co.jp/corporation/link.php
posted by あだなお。 at 01:16| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(4) | 本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

「会社はだれのものか」

 岩井克人/平凡社 1400円

 しばらく前のライブドアによるフジテレビ買収騒動のとき、会社は誰のものかという議論がありました。こうしたときに必ず出てくるのが、株主が会社資産を所有すると主張する株主主権論です。しかし、岩井氏はこれは企業と会社を混同した法理論上の誤りであるとバッサリ切り捨てています。

 会社が企業とどう違うのかと言えば、会社は「法人化された企業」であり、株主はモノとしての会社を所有することはできても、会社というヒトが所有する会社資産を直接持つわけではないからです。詳しい議論は本書を読んでいただくとして、ここで注目すべきことは、もともとモノでしかない会社が、なぜ法人格を与えられ、ヒトとして振る舞うことができるかです。

 その理由として岩井氏は、法人の存在意義は、それがなんらかの社会的価値を持っていることにしかないと言います。法人とは、本来的に社会的な存在なのです。そして、法人制度の原点に立ち返れば、法人企業としての会社の存在意義は、利益の最大化に限定する必要もありません。私たちと同じ社会の中で法人として活動している会社に対して、それをヒトと認めるための社会的存在理由が、単なる利益の追求を超えた何か法的な義務を超えた何かを要求し始めているのがCSRだと説きます。これにはまったく同感です。CSRは、会社の社会における存在意義を問いかけているのですね。

 ただし、これに続けて岩井氏は、CSRという言葉が、単に長期的利益を最大化するための経営戦略という意味で良いのかと尋ねます。これは、深い問いかけです。もし利益を最大化するためのものであれば、それは会社が株主の利益を最大化する道具であることを認めることになるからです。そしてまじめにCSRにはげむ企業は、より利益の最大化を考えている企業との競争には敗れてしまうかもしれません。CSRはお得ではなく、大損になってしまうのです。

 CSRは単なる経営戦略であってはならないというこの指摘、論理的には正しい、正論です。しかし、今の日本の状況を考えると、「CSRはお得。CSRは企業の長期的な利益も最大化する」と説明することがまた、戦略的であると思うのです。そして岩井氏も指摘するように、一つの会社が単独で実践すると競争上不利なCSRも、多数の会社が実行すればするほど、今度は競争上の不利が少なくなるという逆説的な特徴を持っています。このことをより加速するのが、私たちが会社を評価する目です。あえて不利なCSRにはげむ企業を、消費者をはじめとするステークホルダーが応援することによって、むしろ持続可能にできるのです。

 岩井氏は、「会社は社会のものなのです」と結論しました。だからこそ、私たちが育てていく意味があるのですね。


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posted by あだなお。 at 12:28| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(2) | 本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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