2011年02月04日

写真でいまのエジプトを見よ

 日本のメディアは表面的にしか報道していませんが、写真で見れば、今本当にカイロがどのような状態なのかが伝わってきます。以下のサイトをご覧ください。

 なぜ日本のメディアはこうした写真や映像を放映しないのか、まったく不思議です。

■"A harrowing, historic week in Egypt(エジプトの痛ましい、歴史的な一週間)"(bosoton.com)

■"Secret police blamed as peace protesters are gunned down in the siege of Cairo(カイロ包囲の中、秘密警察が平和を求める抗議者に発砲)"(The Daily Mail)

■"Photos from the Protesters in Egypt(エジプトで抗議する人々からの写真)"(The New York Times)

 以下のアムネスティの特設ページも是非ご覧ください。

■「変革を求めるエジプト デモ参加者を襲撃から保護し、情報の流れを自由に」(アムネスティ・インターナショナル日本)


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2009年04月07日

この男、どこまでやるのか?

 G20出席のために英国訪問をしたオバマ大統領、G20だけでなくその帰路でも大活躍です。まずはG20でのエピソードから。


 そして本当にビックリさせられて、次の瞬間に思わず喝采したのはこの演説、アメリカか核廃絶のリーダーシップを取ると宣言したのです。
 「世界で唯一核兵器を使用したことのある核保有国として、米国は行動を起こす責任がある」とはモノは言いようという気もしますが(^^;)、それでは「世界唯一の被爆国」の政治家は何をしているのでしょうか?


 さらに、イスラムとの和解にも努めると、「米国の関与(エンゲージメント)の新たな1章」を約束しました。


 最後にはイラクまで電撃訪問です。


 もうなんかカッコ良過ぎて、イヤになっちゃうぐらいです。でも、この人が世界を変えるんじゃないかという、そんな予感がますます強くなって来ました。しかも、その変化の先は、僕がちフツーの人間が居心地がいいと感じる世界なのだと思います。

 というのも、オバマ大統領の行動力、発言力はたしかに超人的です。しかし、言っている内容はごく「あたり前」のことばかりなのです。フツーの人間が、フツーの感覚で思うこと、望むことをサラリと言っているのです。まさに等身大、僕たちの肌感覚とあっているのです。それは、こんな対話集会のやり方にも現れています。

 どこかの国のやらせとは大違いですよね。そして今の日本の政治家の体たらくと比べると、あまりの落差に溜息が出てきますが... それでもアメリカだって、史上最低の大統領から、180度の大転換をしたのです、日本にだってまだまだチャンスはあるはずです。そして何より、一人の人間が、短期間にこれだけのチェンジをもたらせるのですから。

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2008年06月08日

高級ホテルもエコに

 昨日は、中国で泊まったホテルのシーツ交換不要のプログラムのおマヌケな顛末をご紹介しました。こうしたホテルのエコプログラムは、まぁまぁのホテルでは普通になりましたが、高級ホテルではあまり見かけません。以前そういう高級ホテルのマネージャーにお聞きしたことがあるのですが、「高級ホテルに泊まるお客さんはラグジュアリーに使うことを好むので」とのお返事でした。実際、その高級ホテルでは、一日一度どころか、二度タオルを交換していましたし、その量もたっぷりでした。つまり、いつでも真新しいタオルがたっぷりあるようにという配慮です。

 「まぁ、しかたないのかな」とそのときはため息をついたのですが、最近はまた少し風向きが変わって来たようです。世界中の高級ホテルで作る"The Leading Hotels of the World(世界の先進的なホテル、LHW)" という集まりがあるのですが、今やそこが"Leading Green Initiative(先進的な環境イニシアティブ)"という取り組みをしているのです。

 ただこちらはやはり高級ホテルだけあって(?)、お客さんに行動を求めるのではなく、ホテル側が客室利用で排出される二酸化炭素をオフセットするというものです。つまり、お客さんには相変らずラグジュアリーな滞在を楽しみながらも、カーボンオフセットで罪悪感から解放されるというわけです。

 「なんでも金で解決か」という意見もあるかもしれませんが、選択肢が広がることはそう悪くはないのではないでしょうか。お金がある人はお金で、そうでない人は自分で手間暇をかけて、いずれにしろそれぞれの立場で協力できるのですから。

 それともう一つは、個人が自分の手間暇で減らせる環境負荷は比較的限定的ですが、お金のある方がそのお金や影響力を使って動けば、その何十倍、何百倍もの効果を生み出すこともできるからです(もちろん、だからと言って、お金持ちの方が「エライ」というわけではありませんよ)。

 例えばセレブが、「カーボンオフセットしてくれるから、このホテルを定宿にしているの」と言えば、そのホテルの人気だけでなく、ホテルに泊まるときにはカーボンオフセットというのが流行になるかもしれませんから。

 さらにもう一つの効果としては、滞在先のホテルでタオルやシーツの交換を不要とした場合、その恩恵をこうむるのはそのホテルのある地域です。自然の豊かな場所にあるリゾートなどの場合にはそうした環境負荷低減はぜひ必要だと思いますが、排水処理設備が完備した都市部にホテルがあるという場合もあります。

 もちろん都市部だろうと負荷が低減されるに越したことはありませんが、オフセットプログラムを使えば、より切実な環境修復の必要性がある国や地域へ貢献することも可能になります。

 そう考えると、お金持ちやセレブの方々がノーブレス・オブリージュを効果的に果たす機会を作りだすという意味で、LHWのリーディング・グリーン・イニシアティブは興味深い試みだと思います。

 欧州のいくつかの国やアメリカではすでにエコ・ラグジュアリーが一つの流行になりつつあるようですが、これが、すべての人が環境に対して応分の責任を果たす流れを加速することを期待したいと思います。

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2007年08月26日

何が特攻を続けさせたのか?

 久しぶりに映画を観ました。本当は昨日から公開のマイケル・ムーアの新作「Sicko(シッコ)」も観たかったのですが、今日はしばらく前から予定していた「TOKKO-特攻-」へ。

 日系アメリカ人の監督のリサ・モリモトが製作した、日米双方の特攻から生き残った兵士たちのインタビューをまとめたドキュメンタリー映画です。

 「カミカゼ」に攻撃され、乗り組んでいた船を撃沈され、なんとか生き延びた米兵たち。彼らのカミカゼに対する恐怖も生々しかったのですが、やはり僕にとって印象的だったのは「生きたかったよ、死にたくはなかったよ」と告白する特攻から生き残った元少年兵たちです。

 戦争が終わったから「死にたくなかったよ」と言えるようになったわけではないのです。戦争が終わってからも、ずっとそのことを心の奥底にしまい込み、自分だけが生き残ったことに負い目を感じ、自分が特攻隊であったことを家族に話すこともせず、そうやって長い間ずっとそのあまりに重い経験を一人で背負ってきた元特攻隊の方々。それが今になって、モリモト監督に促されて、やっと正直に「死にたくなかったよ」と言えたのです。

 「言いたいことを自由に言えない。」「おかしいと思っても、そうするしかなかった。」 誰もが同じことを繰り返していました。「もう負けることはわかっていた。」「(特攻に)行きたくなかった。」それでも、誰一人、それを人前では言えない。そんな異常な状態が、戦争というものなのだとつくづく思いました。

 インタビューの中である方が、「もう少し早く終わっていれば。せめてあと半年早く終わっていれば」と悔しそうに言っている言葉も、深く胸をつきました。同じ敗戦だったにしても、半年早く終わっていれば、原爆投下はもちろん、東京大空襲も、沖縄戦もなかったのです。特攻隊の犠牲者もごく少数で済んだことでしょう。しかし、その半年間、誰も「もう止めよう」とは言えなかったのです。

 海軍で組織的な特攻作戦を発令したとされる大西中将自身も、それが無茶苦茶な作戦だとわかっていたのだという話にも驚きました。こんな無茶苦茶なことをすれば、「もうよかろう。それならば、戦争はもうやめよう」と天皇が決断することを期待しての作戦だったというのです。残念ながら、その真意は伝わりませんでしたが...

 生き残った方々のそんな声を聞いているうちに、これはリーダーの問題だと感じました。最大のリーダーはもちろん天皇ですが、それだけでなくあらゆる階層のリーダーが、少しでも自分の立場の影響力を考え、これはおかしい、これではダメだと事実を受けとめる、勇気を出して発言する、それができなかったことが最大の悲劇だったのではないかと思いました。

 それが言えない異常な状態であったということはわかります。しかしだからこそ、リーダーは言わなければいけなかったのです。部下は発言できないのですから、自分が勇気をもって言うしかないのです。それができるかどうかが、本当のリーダーの資質でしょう。自分にしか言えないことを自覚していないとしたら、その時点でリーダーとしては失格なのではないでしょうか。

 そしてこれは、何も戦争中に限ったことではないはずです。今の社会であっても、会社などさまざまな組織においても、言いにくいことを言い、困難な決断をすることこそ、リーダーの重要な役割のはずです。退却の決断のできないリーダーが、組織に悲劇をもたらすのです。

 しかし平和な今の世の中でも、それが出来ていないケースは多いように思えます。退却の決断はリーダーにしか出来ないという教訓を、私たちは学べなかったのでしょうか。

 「そんなことは今だから言えるんだよ。」「その立場にいたら、とても言えないよ。」「そんなことはわかっているって....」いろいろなご意見があるのはわかります。しかし、そういうあたり前のことを言わないうち、それが言いにくくなる、言えない雰囲気になる。そうやっているうちに、気が付くといつか来た道を歩いていないとも限りません。

 自分が感じるとおりに発言する。思ったとおりに行動する。その当り前のことを一つひとつすることが、当り前でない状況を作り出さないことにつながるのです。ましてや少しでも影響力のある立場のある方であれば、ちょっと余計かなと思われるぐらいに、一つひとつ発言し、行動することが必要なのです。

 こんなことをエラソウに書くのは、僕だってちょっと(いや、かなり)気恥ずかしいのです。それでも、感じたことを素直に書くことが、なんでも自由に話せて好きなことができる社会を作るモトだと信じて、書いてみました。

《参考リンク》
特別攻撃隊(Wikipedia)
沖縄戦(Wikipedia)
東京大空襲(Wikipedia)

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《追記 07/08/27》
 同じく特攻隊からの生還者の証言にスポットをあてた素晴らしい作品に「月光の夏」があります。以下、ご参照ください。

■「月光の夏」(劇団東演)
■「ピアノソナタ「月光」による朗読劇 月光の夏」(電子書籍による台本)
■「ピアノソナタ「月光」による朗読劇「月光の夏」を上演するまで」(行徳のマグマ大使さんのブログ)
■「月光の夏に思う」(サスラボ)
■「「月光の夏」」(サスラボ)

また、戦争以外の問題解決方法をさぐる平和省設立の動きにもご注目ください。
■「平和省を創ろう」(サスラボ)
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2007年08月09日

62年前を話すということ

 言うまでもなく、62年前の今日は長崎に原爆が投下された日です。その後これまでに長崎で亡くなった方は14万人以上。また、3日前の8月6日は、広島への投下日。広島で亡くなった方は25万人。

 しかし、その記憶も時間と共に確実に風化しようとしています。僕自身も戦争体験のない世代ですが、まだ私たちの世代は両親や祖父母から実際の経験を直接聞くことができる最後の世代です。過去の出来事ではなく、未来永劫に共有すべき記憶として、今からでも語り継がなければ、本当に歴史の中だけでの記録になってしまうかもしれません。

 「誰も話さなければ、何も変わらない(Noboday talks, Nothng changes)」

 そう考えて、日本から世界にメッセージを発信しているサイトがあります。

■Peace Hiroshima
http://www.peacehiroshima.com/
 
 あなたのメッセージが、風船にのって世界に飛び立ちます。美しく幻想的なアートワークを見ていると、62年前の悲劇と、今私たちが享受している平和の重みを感ぜずにはいられません。

 このサイトでは、メッセージを投稿する他にも、米国のスミソニアン博物館の原爆についての誤った記述の訂正を求める署名もできます。私たちが声を上げなければ、変わらないのです。

 私たちが長崎や広島のことを思い起こし、そのことを話すだけでも、意味はあるのです。それを続けることが語り継ぐことであり、忘れてはいけない記憶を未来へリレーしていくことなのです。

 62年目の今日、あなたは何を話しましたか?

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2007年07月16日

平和省を創ろう

 次の世代に伝えるべき大切な知恵、あるいは真理は何かと問われたら、僕は間違いなく「暴力で問題は解決しない」を含めるべきだと思います。古今東西の歴史を振り返ってみてください。暴力で問題が解決したことがあったでしょうか?

 暴力によって敵対が一時的に解消することはあっても、それは根本的な解決にはなっていません。むしろより深い怨恨を残し、それが遺恨、残恨となり、問題を複雑化させるだけです。

 それなのに、多くの人がいまだ暴力によって問題を解決しようとしていることは、まったく愚かしいと言うしかありません。そして、その最たるものが戦争です。毎年莫大なお金を費やし、無辜の人々を殺し、傷つけ、しかも問題は何一つ解決できないのです。

 「いや、軍隊がなければ、防衛力がなければ、とても安心できない。危ない連中が攻めて来たらどうするんだ?」と言う方も多いと思います。もっともです。それでも考えてみてください。軍隊があることで、防衛力があることで、私たちは「安全」や「安心」を手に入れられているのでしょうか?

 軍事力による抑止力は、より強い緊張を生むだけです。それは本質的な安全や安心をもたらしてくれるわけではないのです。軍事力は平和を作ってはいないのです。

 だとすれば、私たちが目指すべきは強い軍隊を持つことではありません。防衛省の代わりに、平和省を創ることです。平和省を創ろうとする運動は世界20ヶ国以上に広がっており、日本でも「平和省プロジェクトJUMP」があります。

 平和省とは、「戦争から家庭内暴力にいたるまでのあらゆる『争いごと』を、暴力に頼らずに『創造的対話』によって解決していく、そういった方法を提案し推進する政府機関」のことです。そんなの理想論だと思いますか? でも、ソロモン諸島にはもう 「平和和解局」がありますし、ネパールでは4月に「平和・復興省」ができたそうです。コスタリカでも近く「法務平和省」ができると聞きます。

 「平和省プロジェクトJUMP」の"JUMP"は、Japan United for Ministry of Peace(平和省のための日本連合)の略で、日本に平和省を創るための活動をしています。9月には、日本で「第三回平和省地球会議」を開くために、その準備を進めています。特に途上国からの参加者の旅費を賄うための費用集めが重要なのですが、まだなかなかとのことです。個人からも、企業からも支援を募集中とのことですので、興味のある方は是非Webサイトをご覧下さい。

 そしてこの平和省の基本理念になるのが、「平和の文化」です。これはユネスコなどで研究され、「平和を考える上で国際的な基本理念として公式に認められるようになりつつある」のに、日本ではまだほとんど知られていません。そこで今回のエントリーの締めくくりとして、「平和の文化」という考え方を紹介したいと思います。

「平和の文化」(Culture of Peace)とは、どんな生命も傷つけたり奪ったりせず、争い・対立を暴力によってではなく創造的対話によって解決していくという考えかたや行動のしかた、生きかたなど、人類がこれまで蓄積してきた人権の思想と叡智に基づく価値観と行動様式のこと。

「平和の文化」を育て広めるとは、このような価値観や行動様式をさらに発展させていくこと。それは、貧困や飢餓、差別や抑圧、環境破壊、教育や衛生の遅れなどの 「構造的暴力」をしだいに取り除き、人間能力の全面開花を促すことを意味する。

出典:「平和の文化」(平和省プロジェクト)

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2007年03月18日

ウルルンにうるうる

 ふだんほとんどテレビは見ないのですが、日曜日の夜は少しだけ見ることがあります。で、結構好きなのが「世界ウルルン滞在記」です。もはや紹介するまでもないと思いますが、僕たちの知らない、世界の日常を紹介してくれる番組です。

 そして今日のテーマは、「戦場から来た子供たちに・・・ 東ちづるが出会った」です。今回の番組は、東ちづるさんがまたドイツの国際平和村に行ったわけではなくて、かつて国際平和村で出会った子どもたちが、その後どうしているかをスタッフが現地取材したものでした。これを見たら、どうしても皆さんに紹介したくなってしまったので、今日はこのことを書かせてください。

 東さんが初めて国際平和村のことを紹介してくれたのは、1999年7月11日。それからもう7年以上も経っているのですね。その間、子どもたちは成長し、東さんはそれを支援する活動を続けました。日本からの募金は5億6千万円にもなったそうです。日本からのボランティアも多く、また彼らのお蔭で、運営方法にも変化があったといいます。

 どれも素晴らしい変化です。東さんをはじめ、ボランティアとして活動を支援した方々、募金に参加した方々。素晴らしい善意、素晴らしい行動力です。ちょっと恥ずかしいのですが、見ていて涙が止まりませんでした。始めから最後まで泣きどおしです。

 それでも、僕はすっきりしませんでした。戦争の被害にあった子どもたちを助けることはとても重要なことで、尊いことです。この活動に関わっている人たちすべてを尊敬しますが、それでも満たされない思いが残るのです。なぜなら、彼らが真剣に頑張っている7年の間に、同じような犠牲者が増えているからです。

 平和村が収容できる子供の数は、99年の80人から今では300人に増えたそうです。しかし、それでもここで治療を受けられる子どもたちは、圧倒的な少数派です。その背後に、その何倍もの子どもたちが、適切な治療を受けられずに苦しんだり、亡くなったりしています。

 そもそも、収容人数を増やさなくはいけないことが悲劇です。目指したいのは、平和村が不要になることです。起きてから対処するのではなく、元から絶たなければダメなのです。こんな子どもたちがもうこれ以上増えないように、僕たちにできることはあるはずです。

 僕たちが銀行に預けたお金が、アメリカの国債を買っているかもしれません。その一部は、イラクを空爆することに使われているでしょう。僕たちの国の「自衛隊」は、アメリカが戦争することを支援しました。自衛隊は直接武器は使ってはいないかもしれないけれど、戦闘を支援したのです。いくつかの日本企業の高い技術力は、アメリカの軍事力を高めるために使われています。僕たちは、傷ついた子どもたちに責任がないと言い切れるのでしょうか。

 では、僕たちに何ができるのか。何をすればいいのか。それは一通りではありません。いろいろなやり方があるはずです。そしてそれは、何も特別なことではないかもしれません。おかしいと思うことは、おかしいと言う。環境にも、人にも、社会についてもです。一つひとつをまっとうにしていくことが、結局はこういう子どもたちを増やさないことにつながるはずです。

 僕は東ちづるさんのこの言葉が好きです。「平和は祈るものではなく、人の手で作り、育(はぐく)むもの。」 そして、この言葉を忘れないようにしたいと思います。「あの子たちにガンバレと言わないでください。ガンバルのは戦争をしていない国の私たちです。同じ地球人として。」 今、僕たちにできるもっとも効果的なことは何か、考えてみませんか?

《関連エントリー》
■「平和は祈るものではない

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2006年10月16日

月光の夏に思う

 以前にサスラボでもご紹介した朗読劇「月光の夏」を昨日、観てきました。ピアノと4人の俳優の朗読だけからなるシンプルな構成。暗闇の中で聴く「月光」は、ちょっと凄味があるぐらいの美しさでした。しかし今回は、この曲の美しさに心が洗われるのことはなく、なんともやりきれない気持ちばかりが膨らみました。ピアノの音色が美しいほど、逆に物語の悲劇性が際立ちます。

 今から61年前の昭和20年6月。特攻隊として出撃する前に、最後に思いっ切りピアノを弾きたい。そう願った音大出身の特攻隊員のふたりは、佐賀県鳥栖市の小学校にグランドピアノを弾きに来ます。ピアノの音を聞いて集まった生徒達には「おまえたちの将来のために、兄ちゃんたちは死ぬんだ」と大見得を切りますが、もちろん誰とて死にたくはないのです。

 死にたくない。もっとピアノを弾きたい。そんな素直な気持ちを言うことはとてもできない雰囲気の中、誰もが自分自身を追い込み、そして生きて戻れぬことを覚悟して出撃していくのです。その中には、わずか16歳や17歳の少年兵も含まれていました。

 中にはエンジン不調などで、運良く自爆せずに戻る特攻隊員もいたそうです。しかし、彼らはとても自分たちが運が良かったとは思えません。待っているのは別の地獄だからです。どこにも出口のない、救いのない閉塞感だけが漂います。

 これはけっして忘れてはいけない過去であり、どんなに辛くともそれを語り継いでいくのが、生き残った者たちの義務である。それがこの劇のメッセージのように思います。しかし、時間とは無情です。実話に基づくこの話が出来たのは平成2年、戦後45年目です。その当時はまだ確かにこのような戦争があったことをしっかりと覚え、語る人がいたわけですが、それからさらに15年以上たった今はどうでしょうか?

 過去の悲惨な体験を、自分自身の記憶としてしっかり語れる人の数は既に急激に減っているはずです。それと同時に、過去にこのようなことがあったというリアリティもどんどん薄くなっていきます。僕が小さな子どもの頃にはまだ、新宿駅などでは傷痍軍人と呼ばれる人の姿をよく見かけました。その姿を見るだけで、自分が直接経験していなくとも、戦争が実際にあったことであることを感じることは出来ました。

 しかし、平成生まれの今の子どもたちにとってはどうでしょうか。おそらく戦争は、教科書の中の歴史的出来事でしかないのではないでしょうか。彼らの両親ですら、既に戦争は経験していないのですから。ちなみに今回の観客も年齢層は高く、残念ながら世代間で経験を伝える機会にはならなかったようです。

 そう考えると、過去を伝えることの難しさを痛感せずにはいられません。けっして忘れてはいけないことであっても、そこから学ばなければいけないことであっても、そのリアリティは時間の経過と共に確実に薄まっていくのです。

 そしてこれはまた、来るべき未来を想像して備えることの難しさにも似ているように思います。このままでいけば大変なことがわかると頭では予想できても、それをリアルに想像し、感じ、備えることは、なかなか出来ないのです。

 僕は基本的には人間の力の素晴らしさに感嘆することが多いのですが、想像力の乏しさについては、かなり悲観的にならざるを得ないことがあります。どうやって想像力を鍛えるか。どうしたら他人の立場に思いを馳せ、自分では見なかった過去から学び、来るべき未来に備えることができるのか。そういう能力が、安心できる社会、つまりは持続可能な社会を作るためにも重要な要素であるように思います。

 61年前、生きたくても生きることが許されなかった若者たち。今なんでも自分の思う通りに選択し、決めることができる私たち。私たちは本当に、彼らの分まで生きているでしょうか。自分がなすべきことを再度改めて考えてみたいと思います。

今日も長文におつきあいいただき、ありがとうございました。
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2006年09月14日

「月光の夏」

 まもなく夏も終わろうとしていますが、この夏、ずっと聞きたいと思っていた朗読劇をやっと観る(聞く?)ことができそうです。数日前にお知らせのチラシをいただきました。

 以前、「税金の使い方」というエントリーでちょっとご紹介しましたが、市川市では、市民が投票して、自分の払った税金の1%を、自分が希望する市民団体の活動のサポートに廻すことができます。

 この制度を利用した「月光の夏」の朗読劇が、10月15日に開かれるのです。この作品は既に映画にもなっているそうですが、朗読劇というのがまたいいらしいのです。ピアノの演奏と人の声、音だけの世界に様々な思いが込められ、聞く人の想像力を刺激するようです。

 朗読劇というスタイルにも興味がありますが、もちろん内容もです。今からちょうど一ヶ月後ですので、もう夏の気配はなくなっているかもしれませんが、ご一緒に61年前の夏に思いを馳せてみませんか?

 以下の主催者からのお知らせは、転載自由です。

ピアノソナタ「月光」による朗読劇「月光の夏」の上演は,
10月15日(日)午後2時 開演(午後1時30分開場)です。

会場は市川市民会館 入場料 1500円
http://www.tekona.net/shiminkaikan/access.html

今年,私たちは朗読劇「月光の夏」を上演し,61年経った今,戦争と平和を改めて考えるきっかけをつくりたいと願っています。
太平洋戦争末期の初夏,音楽学校出身の特攻隊員二人が佐賀県の小学校に駆けつけ,今生の別れにべ−ト−ヴェンのピアノ・ソナタ「月光」を弾いて出撃していったという実話に基づく朗読劇です。
『朗読劇』はお芝居にも,ミュージカルにもない,独特のリアルな感動でみなさんを包みこみます。
とかく敬遠されがちな戦争と平和の問題。
芸術性の高い朗読劇で,子どもから大人まで世代を超えて,共に考えるいい機会になれば幸いです。

出演者:俳優 山田珠真子,古田美奈子,小高三良,能登剛(劇団東演)
ピアニスト 江口文絵(市川市在住)

主催:いちかわグリーンネットワーク
私たちは永続可能な社会(環境調和社会)の実現を目指して活動しています。
連絡先:勝亦竜大(代表)fax 047-379-9205


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2006年08月20日

なぜ少年兵になるのか?

 昨日に引き続き、昨日観た映画を紹介しましょう。同じく25日まで早稲田松竹で上映中の「イノセント・ボイス」です。
イノセント・ボイス 12歳の戦場(MovieWalker)※予告編アリ
イノセント・ボイス−12歳の戦場− - goo 映画


 おませなラティーノの男の子、チャバ。11歳の彼の日常は、私たちの子供時代とあまりに違います。なぜならその時、すなわち1980年、エルサルバドルでは内線が起き、チャバの住む街は、政府軍とゲリラの激戦の舞台だったのです。

 夜ごと行われる戦闘... とても生きた心地はしないでしょうが、チャバたちにはもっと恐ろしいことがありました。12歳になると、政府軍が男の子を徴兵するのです。ある日突然学校に兵隊が現れたかと思うと、名前を呼ばれた子どもたちは、そのまま軍隊へと連れて行かれるのです。

 それが嫌でゲリラに加わったとしても、闘わなければいけないのは同じです。12歳で徴兵された子どもたちも、数ヶ月後にはいっぱしの少年兵になり、ゲリラと銃撃戦を交えるのです。みんなで一緒に遊んだチャバの友だちも、その数ヶ月後には、政府軍とゲリラに分かれて、殺し合うのです。

 ゲリラを怖れ、自分たちの国の村を焼き払う政府軍。一体、何のため、誰のための軍隊なのか、戦いなのか? そんな疑問がわいても、暴力が圧倒的に支配する中では、意味を持ちません。どんな非条理な命令にも、ただ従うしかありません。

 エルサルバドルでは、こんな悲惨な状況が12年続きました。この映画は、事実に基づいて作られたそうです。1980年に11歳だったチャバは、僕と大して変わらない世代です。同じ時代に生まれ、育ちながら、彼らの体験したあまりに壮絶な世界に気が遠くなり、そして、そのことをほとんど何も知らない自分も嫌になります。しかし、そこは気を取り直して、平和な国にいるからこそ、恵まれた環境にいるからこそ、自分ができることをやろうと思うようにしましたが...

 原作である手記を書いたオスカー・トレスは、こう言っています。「私たちと共に、世界へ”無垢な声”を届けてくださることを、心より感謝します。」

 今この瞬間も、世界では30万人の子どもたちが兵士として闘っているといいます。それは遠い国のできごとかもしれませんが、同じ時代、同じ地球を共有している子どもたちです。あなたは、何をしますか?

《関連エントリー》
少年兵とケータイ(サスラボ)
少しだけ聞いて欲しいこと(サスラボ)


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2006年08月19日

勇気がもたらした奇跡

 今日は疲れました〜。なんでそんなに疲れたのかと言えば、まずは買い物に出かけてちょっと疲れてから(^^;)、「イノセント・ボイス」と「ホテル・ルワンダ」という重い映画を二本続けて一気見してしまったからです。
ホテル・ルワンダ公式サイト
イノセント・ボイス〜12歳の戦場〜(@映画生活ストーリー)

 「ホテル・ルワンダ」は、サスラボでも試写会を紹介していたのですが、僕自身はチャンスがなくてまだ観ていませんでした。しかし、いよいよ東京での上映は8月25日までということで、なんとか時間をやりくりして、今日ついに観てきたのです。
『ホテルルワンダ』試写会(サスラボ)

HotelRwanda.jpg
出典:http://www.hotelrwanda.jp/

 1994年、アフリカのルワンダで実際に起きた、大虐殺。100日の間に100万人ものツチ族が、フツ族に殺されたのです。しかし、そんな中緊迫した状況の中で、家族を守りたい一心で、同時に1200人の命を救ったホテルの支配人ポールがいました。彼こそ、この映画の主人公です。

 同じ国の中で、民族同士が対立し、憎しみ合い、大量虐殺が行われる。暴徒化した民兵の残虐行為は、政府軍も抑えることができません。それどころか、国連軍や先進国の軍隊も撤退を始めます。世界がルワンダを見捨てたのです。

 そんな中で、自分の家族とその友人を守るために、ポールはあらゆるコネ、モノ、金を使い、知恵を振り絞りました。彼はフツ族ですが、愛する妻はツチ族だったからです。

 しかし、ポールがなんとか家族を守り通すことが出来たのは、才能、財産、幸運だけが理由ではないと思います。いくつもの危機をのり超えることができたのは、そのすべてに勇気を持って、真っ正面から取り組んだからだと思いました。

 そして、この映画の中には、ポール以外にも、勇気のある人物がたくさん出てきます。国連軍を率いるオリバー大佐、赤十字の職員(ボランティア?)、ベルギーにあるホテル会社の社長... 彼らの献身的な努力が、1200人を救ったのでしょう。 

 大量虐殺は本当に残酷です。映画の画面で観ているだけでも、恐怖を感じるほどです。絶体絶命の恐怖と混乱の中でも、彼らは自らの職務を忠実にこなしていきます。逃げることも、怯むこともなく。自分がその場にいたら、彼らと同じように行動できただろうか? Yesと答える自信はないのですが、どうすべきかは教わりました。

 自分がなすべきことを理解し、それをきちんと引き受けたのは映画の登場人物だけではありません。。ポールの話を聞いて、これを映画にしようと思い、実現した監督のテリー・ジョージもそうです。そして、この映画の日本上映を可能にした「ホテル・ルワンダ」日本公開を応援する会代表の水木雄太さんもそうだと思います。

 「ホテル・ルワンダ」は、当初日本では公開が見送りになっていました。この映画を公開させようとネットで呼びかけ、5000人の署名を集めた26歳の無名の青年、水木さんのお蔭で、私たちはこの映画を見ることができたのです。
「ホテル・ルワンダ」日本公開を応援する会
「ホテル・ルワンダ」公開作戦記 Part1(Nikkei BP)

 私たちがあまり知らない、ついしばらく前にアフリカで起きていたことを知るために、そしてその悲惨な状況の中でも勇気をもって行動した人たちのことを知るために、そして私たちがどう行動すべきか、何をできるかを知るために、もっと多くの方にこの映画を観てもらいたいと思いました。25日まではどうしても時間が取れないという方は、DVDもあります。

 映画の中で命懸けで虐殺の様子を撮影したTVクルーが、自嘲するように言ったセリフが忘れられません。「(先進国の人たちがテレビで)虐殺の様子を観たって同じさ。まぁ、恐ろしいって言いながら、ディナーを続けるんだ」

 無関心でいることも、諦めてしまうことも、ルワンダを見捨てた人々と同じように無責任です。自分がなすべきこと、できることをすれば、そのお蔭で救われる人が必ずいるのです。まずは、この映画を観ることが、行動の第一歩です。

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2006年08月15日

なぜ8月15日に?

 終戦記念日の今日、小泉首相が靖国神社を参拝しました。事前にかなりそれを匂わしていたので、やはりという残念な思いはしたものの、驚きはありません。

 しかし、なぜあえてこのようなパフォーマンスをする必要があったのか、理解に苦しみます。靖国神社について個人としてどう考えるか、また個人として参拝するかどうかは、もちろん小泉純一郎個人の問題です。しかし、公用車で乗り付け、「総理大臣である小泉純一郎が参拝した」と明言していることは、あえて個人的な参拝であることを否定しているようにしか思えません。「職務として参拝しているわけではない」と説明したり、献花料を私費で支払ったところで、それは単なる言い訳にしか聞こえません。あえて立場を曖昧にしている理由は何なのでしょうか?

 その後、日本武道館で開かれた戦没者追悼式では「我が国は多くの国々、とりわけアジアの人々に対しても多大の損害と苦痛を与えた。国民を代表して深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表する」と述べましたが、この言葉と、その前の靖国参拝とは、小泉首相の頭の中では矛盾しないのでしょうか。これでは、とても追悼式の言葉を信じることもできなくなってしまいます。
出典:日経新聞(夕刊)8月15日

 他の国々の人々の顔色をうかがえとは言いませんが、これだけ周辺諸国が憂慮している中、あえてそれを無視して8月15日という象徴的な日に誤解を招くような行動をすることは、挑発的な行動と受け取られてもしかたがないでしょう。だとすれば、国益を損ねてまで自説にこだわり、そのような行動をする社会的責任をどう考え、どう取るつもりなのでしょうか。

 先頃、A級戦犯が合祀されていることに昭和天皇が不快感を示し、それを理由に靖国参拝をしなかったことが明らかになりました。しかし、そのような理由や感想を言明することの影響を考え、自らは決して公言することはありませんでした。その行動には、日本を象徴する立場の公人としての強い責任感を確かに感じることができます。

 退陣前の最後の終戦記念日に公約を果たすことができて満足なのは、本人だけです。首相退任後に個人として参拝するのであれば、個人的な考えで自由に行なっていただいて結構ですが、個人の思いで日本全体に不利益をもたらすのは止めて欲しいですし、とても国を代表する人のすべき行動とは思えません。本当はもっと戦争の悲惨さについて、平和のありがたさについて、ゆっくりと考えたい今日、一人の言動に振り回され、本質的な課題が追いやられてしまうのはとても残念なことです。

 首相をはじめとする国を代表する公人の社会的責任とはどうあるべきなのでしょうか。さらには、そのような公約をする人間を首相に選ぶ政党の、そしてそのような政党を支持して与党にした国民の社会的責任は... すべてが選挙民の責任とは言いません。しかし、首相のこうした言動にどう反応するか、結局は私たち一人ひとりの行動が反映しているのだということは、忘れてはいけないでしょう。

 私たち一人ひとりがどう考えるか、そしてどう行動するか。社会がどう変化していくかは、すべてのその積み重ねなのだと、改めて感じました。以上は僕が今日感じたことですが、皆さんはどのように感じられたのでしょうか。皆さん方のご意見をお聞かせいただければ、嬉しく思います。

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《追記:2006年8月16日》
 昨日、このエントリーを書きながら、なんとまとめたらいいか自分でも迷っていました。案の定、いま読み返してみると、何を言いたいのかわからない文章になっていますね。ゴメンナサイ。

 要点は以下の三つです。
1.なぜ小泉首相は、あえて8月15日に靖国参拝を強行したのか? その裏には何か大きな意図があるのだろうが、それは何か?
2. あるいは単純に個人的な思想・信条(というか趣味?)により参拝した可能性も彼の場合否定はできない(^^;) ただし、いずれにしろ、国を代表する公人としての責任ある行動とは思えない。説明責任も不十分である。
3. 直接的・間接的に小泉首相を支持する人も、支持するという行動の責任を考える必要がある。

 これが、昨日の問題提起でした。皆さんには、このようにご理解いただければ幸いです。

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2006年08月13日

変わる空の旅

 英国で10日に大規模な航空機同時テロが未然に防がれたことは、とても幸いなことでした。もしこれが実行されて9.11の二の舞になっていたらと思うと、本当にゾッとします。しかし、未然に済んで良かったねではとても済まないところがテロの恐ろしさです。今後もまたこのような企みがあるに違いない、国際社会をしてそう警戒させることになりました。

 その結果どうなったかと言えば、イギリスおよびアメリカで飛行機に乗る際の保安検査が異常に厳しくなっています。例えばイギリス国内空港を出発する全便(国内線、国際線とも)では、原則としてあらゆる手荷物の機内持ち込みが禁止されました。

 ハンドバックはおろか、何かをポケットに入れることすら禁止です。パソコンはもちろん、iPodもダメだし、空港で買った雑誌もダメ。ティッシュや衛生用品も、箱入りはダメ。つまり、基本的には何も持ち込むなといことです。唯一OKなのは、ケースに入っていない眼鏡、機内で飲む分の薬ぐらいのものです。赤ちゃんのミルクは、付き添っている親がその場で中味を飲んで、中味が危険物でないことを証明する必要があるそうです。
《参考リンク》
■イギリスにおける 航空保安の強化について(JAL)
https://www.jal.co.jp/cms/other/ja/info6.html

 米国発着便の場合にはこれよりは緩くて、液状のものがすべて持ち込み不可になっています。
《参考リンク》
■米国発着便における航空保安の強化について(JAL)
https://www.jal.co.jp/cms/other/ja/info7.html

 これは、今回の事件が、ペットボトルに仕込んだ液状の爆発物を電子発火装置で爆発させる計画だったためだそうですが、なんとも不自由になったものです。もちろん安全のためにはいたしかたないのですが、この新しい空の旅をちょっと想像してみてください。憂鬱になりませんか? もちろん空港での混乱も大変なものです。この新しいルールに対応するために、何時間もかけて検査を行い、出発が遅れる便やキャンセルする便まで出ているそうです。
《参考リンク》
英航空機テロ未遂:国際社会への脅威、改めて見せつける(毎日新聞)

 イギリスから日本に戻るときには約12時間のフライトなのに、機内ではPCで仕事をすることもできなければ、好きな音楽を聞くことも、本を読むことも、書類に目を通すこともできないのです! 飛行機の中では、映画を見て、たっぷり寝て、英気を養うつもりの場合にはいいかもしれませんが、実際はそうもいかないでしょう。長いフライは、集中して本を読んだり、原稿を書いたり、メールに返事を書いたり... 案外そういう作業には向いている貴重な時間でもあるのです。

 さらに気が滅入ることには、ヒースロー空港の当局者は、これは暫定的ではなく、恒久的な措置であると言っているのだそうです。イギリスからのフライトは、まさに12時間も飛行機の中で囚われの身です。空の旅は、これまでとはまったく異質なものになってしまったのです。空港の売店だって、商売あがったりでしょう。

 こうしてみると今回のテロは、航空機を爆発させて人的・物的な被害を出すことはできなかったものの、国際社会を恐怖に陥れ、その自由を奪ったという点からすれば、やはり成功だったと言えるのかもしれません。

 いかなる理由があってもテロは正当化できるものではありません。犯人グループが悪いのはもちろんです。テロをしかけたことも、その影響についても、まずは犯人やその背後のグループの卑劣さが責められるべきでしょう。しかし、彼らの怒りをもたらした側には、つまり徒にイスラム原理グループと対立を招いたブッシュ政権の政策はどうでしょうか。僕は、そのやり方にも責任の一端はあるように思います。さらに言えば、そのブッシュ政権のやり方を傍観し、止めようとしなかった私たちはどうなのでしょうか。まったくの無責任と言い切れるのかどうか、僕にはその自信がありません。

 力でねじ伏せようとすることはもちろん、自分で直接手を下さずとも、それを無批判に見逃すことにも、憎悪の連鎖を増幅させ、社会を不安定に、不自由に、そして持続不可能な方向に導いている責任があるのではないでしょうか。今回の事件を単なる大規模テロ未遂として終わらせてしまうのではなく、それが残した影響と、それをもたらした真の原因について、私たちはもっときちんと考えてみるべきなのではないでしょうか。皆さんはどう思われますか?

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2006年07月05日

窮鼠猫を噛む

 国際社会から譲歩を引き出すことができず追いつめられた北朝鮮は、今朝テポドンなどミサイル7発を発射しました。幸い直接的な被害はなかったものの、改めて私たちの生活が危うい薄氷の上に成り立っていることを示しました。さらに2発がまだ発射する準備中であるというのですから、背筋が寒くなります。

 瀬戸際外交のつもりが、北朝鮮は何の得ることもなく、単に自分の首を締めただけで終わりそうです。武力を背景とした脅しは成り立ちにくくなっていることを、すべての人が強く認識すべきでしょう。この意味をわからずに、一人でルール違反の実力行使を続ける某大国もありますが、当然、リーダーとしての器を疑われ、国際社会の中で指導的地位は明らかに低下しています。

 言うまでもなく、戦争は最大の環境破壊であり、社会を持続不可能にする行為です。しかし、そのためにアメリカは約3000億ドルものをお金を一年間に使っています。一方、1000億ドルがあれば世界中で飢餓に苦しむ8億人を救うことができます。世界中の人々に基礎的な教育を受けさせるには60億ドル、世界中の約2000万人の難民支援用テントや毛布を援助するのに必要なのはたった1億ドルです。日本の軍事予算444億ドル(世界3位です)で出来ることだって、たくさんあります
データ出典:NPO法人市民教育交流の会
http://www.asahi-net.or.jp/~ww8t-oosk/gunjihi.htm

 戦争という最悪の形に至らなくとも、およそ人類の歴史の中で、戦いによって問題が解決したことはあるのでしょうか? 勝負がついてもそれは一時的なことで、お互いに遺恨を残し、再び暴力で解決しようという負の連鎖は絶えません。 

 北朝鮮だけではありません。韓国は調査船を日本領海に侵入するし、隣国とのつきあいはますます難しくなっています。単に、「北朝鮮が悪い。けしかん。怖い」と言っていても、状況は改善しません。どのようにつきあえば、お互いの納得を生み、不毛な消費や破壊を未然に防げるのか?

 僕自身はまだまったく答えを持てずにいますが、持続可能な社会を作るために、乗り越えなければならない課題です。少なくとも一つハッキリしていると僕が確信していることは、暴力では解決できないし、どんな場面でも暴力を解決の手段にするべきではない、ということです。

 もちろん、祈るだけでも解決にはなりません。どうやって平和を自分たちの手で作れるのか、この機会に少し考えてみませんか? どうぞ皆さんのご意見をお聞かせください。
《関連エントリー》
平和は祈るものではない 

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2006年06月10日

少しだけ聞いて欲しいこと

インターネット上をウロウロしていると、いくつかのブログなどで、「少しだけ聞いて欲しいこと」と題した、こんなメッセージを見かけました。

===ここから転載===

少しでもぼくは2人の人間を殺した。

AK47と呼ばれる小型武器で。

小型武器とは、

ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。

でも、この武器は僕らの国では作っていない。

ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。
img_1228580_33578889_0.jpeg
ぼくらのことを

チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。

小型武器を持って戦う兵士だからだ。

でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。

家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。

ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。

ぼくはその日から兵士になった。

ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。

逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。

ぼくの目の前で友達が殺されていった。

女の子は大人の兵士に乱暴された。

怖かった。

家に帰りたかった。

お母さんに会いたかった。


運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに

軍隊から逃げ出すことができた。

村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。

ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ

学校ではいじめられた。

家族や親戚からも怖がられ

前みたいな幸せは戻ってこなかった。

悲しかった。

寂しかった。

あるのは絶望だけだった・・・。

ぼくは何度も死のうと思った。

そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。

ぼくは何のために生まれてきたのか?

ぼくはなぜ生きているのか?

ぼくは生きる価値がはあるのか?

ぼくにできることはあるのか?


「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」

ぼくはそう思った。

ぼくに何ができるか?


「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」

ぼくはそう思った。

ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。

ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。

ぼくには、ぼくにしかできないことがある。


今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。

ぼくの夢は学校の先生になること。

むずかしいかもしれないけど

あきらめずに夢を追っていきたい。

   ぼくは13歳 職業、兵士。の本の
     ウガンダの子ども兵からのメッセージより


何か感じられた方、何か行動に移す人は100人に1人といわれます。

転載でも何でも結構です。その1人になってくれますか?

===ここまで転載===
転載元:http://blogs.yahoo.co.jp/wckrh673/33578889.html

 元少年兵が書いた詩です。少年兵とは耳慣れないかもしれません。Wikipediaの説明を抜粋しましょう。

ユニセフは少年兵の数を約25万人と推定している。その姿は、ほとんどすべての主要な武力紛争で見られ、実際の戦闘から誘拐、スパイ活動、物資の運搬など幅広い活動に従事している。少女の場合は、兵士に「妻」として与えられ、性的虐待にあったり、身の回りの世話などをさせられたりすることが多い。

恐怖から逃れるため、薬物を使用する又は使用されることも多い。

(中略)

国際法では、18歳未満の子供は強制的徴兵されないとしている。しかし、紛争が頻発している地域では多くの子供たちが強制的に徴兵されている。少年兵は軍隊以外の生活習慣や知識を持たず、家族を理解できない者もいるため、大人になっても平穏な社会生活を送れない、故郷へ戻れないなど不の連鎖を繰り返すこととなる。


 この説明では、少年兵は25万人となっていますが、以下のJICAのサイトによれば、「世界で軍隊に駆り出されている18歳以下の子どもの数はおよそ80万人」、そのうち「7歳の児童を含むおよそ30万人の少年兵たちが戦闘に参加、50万人もの子どもたちが準軍事組織、民兵、反乱軍に送り込まれている」と推定され、以下の地図に示すように世界41カ国で少年兵が存在するといいます。ここ数年で、31カ国から10カ国増えたそうです。
childsoldiermap.gif
※クリックすると拡大します。
出典:http://www.jica.go.jp/world/issues/kyoiku05.html

 18歳未満の少年兵は、ジュネーブ条約で禁止されており、「最悪の形態」の児童労働の一つに分類されます。Coalition to Stop the Use of Child SoldiersのようなNGOも頑張っているのですが、まだまだ前途多難なようです。

 通常の児童労働であれば、CSRのSCMを通じた働きかけもできるのですが、反政府軍の少年兵となるとどのような手段がもっとも現実的なのでしょうか。僕もちょっと検討がつきません。

 6月12日は「児童労働反対世界デー」、この週末には日本でもさまざまな関連行事が予定されています。あなたは、何をしますか?

《関連エントリー》
子どもの日に朗報
子ども時代を返そう

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2006年05月14日

聖地に敬意を

 聖地とは、神聖で汚されるべからず土地のこと。由緒ある神社や、原始の自然が残る深山、あるいは自分の家族の歴史が刻まれた場所。どこであれ、聖なる土地に戻れば、人は自然と厳粛な気持ちになり、背筋が伸びます。ゆっくりと目を閉じれば、自分自身やそこに連なる祖先の過去と対峙することができます。

 聖地は、もっとも冒すべからず土地であり、それが傷つけられれば、私たちはアイデンティティを傷つけられ、自らの身体が傷つけられた以上の痛みを感じるかもしれません。ですから、私たちは自分たちの聖地を大切するのと同時に、他の人々の聖地に敬意を払い、それを守ることに手を差し伸べる必要があると思うのです。

 ベア・ビュートというアメリカ・インディアンの聖地に、ハーレーの酒場の建設が予定されており、それに反対する署名を呼びかけている記事を見かけました。元マガジンハウスの編集長でインディアンの文化を日本に紹介し続けている北山耕平さんという方のブログ"Native Heart"です。

このベア・ビュートは、ラコタやシャイアンのみならず、30を超える北米先住民のグルーブが聖なる山と見なしており、その山体だけでなく周辺の自然の神聖さは他に類を見ない。そこにはスピリットたちが住まわれており、先住民たちは等しくそのスピリットの力を敬い続けてきた。彼らの信仰においては、そこは「すべての人びと」の精神的肉体的な健康に欠かせない場所とされている。
出典:「聖なる山を守らなくてはならない理由

beautifulmahtopaha.gif


 そんな大切な聖地に、今何が起きようとしているのでしょうか。北山さんのブログのエントリーを一部引用して、経緯を紹介しましょう。

サウスダコタ州のブラックヒルズの山々の東の草原の静寂のなかにベアー・ビュートというけっこう険しい山がそそり立っている。ブラックヒルズ国立公園のなかに位置し、古代からシャイアンなど平原インディアンの人たちの聖地としてあがめられてきたこの山は、あきらかに誰が見ても特別な力の山である。おそらくそこはとてつもなく神聖な山であり、中東のシナイ山にも匹敵するとされる。

この瞑想とヴィジョン・クエストのための土地であるベアー・ビュートの山麓にスタージスという町があって、この町は知る人ぞ知るハーレイのメッカとされる町であり、毎年8月になると全米から50万人ほどのバイカーがさながら巡礼のごとく轟音を響かせて押し寄せては、浴びるほど酒を飲みまくり、マッチョを競い合い、胸をあらわにした女の子たちが叫声を上げるらんちき騒ぎを繰り返してきた。

そしてこのたび、その狂乱を求めて押し寄せるバイカーたちを一年中呼び寄せようと、このスタージスの町のはずれに、バイカーたちのための巨大な酒場と、広大な駐輪場が完備された収容人数がなんと3万人というとてつもなく巨大な野外ロックコンサート劇場が作られることになったことで、この山を聖地としてあがめてきたネイティブの人たちからいっせいに抗議の声があがりはじめていると、ロサンジェルスタイムズ紙が3月26日付の記事「ビールと女とバイク、そしてグレイト・スピリット(Beer, broads, bikers -- and the Great Spirit)」で伝えた。

(中略)

スピリチュアルなものの存続の源としてのその持続的な役割もさることながら、それ以上に、社会的、宗教的、政治的に平原インディアンにとってのベア・ビュートの重要性は、はかりしれない。貧困、アルコール中毒、社会的機能障害および居留地システムという内なる植民地主義からの出口を求めて戦ってきたアメリカン・インディアンたちは、過去をけして忘れないためにそこを訪れてきたのだ。今造られようとしている娯楽複合施設がもたらすであろうけたたましい騒音や、これ見よがしな自己顕示欲、アルコールによって加速された軽薄さが、アメリカ・インディアンにとっての最後の聖域とでも呼べるベア・ビュートの神秘さを破壊してしまうことは想像に難くない。
出典:「聖なる山には特別な時間が必要なのだ

bearbutte.jpg


 敬意を払うとは、何もとってつけたようなお世辞を言ったり、形ばかりのお辞儀をすることではないでしょう。彼ら自身のやり方に任せること、そしてそれをただじっと見守ること。そうやって、すべてを委ねることが、部外者が取り得る最大限の敬意なのではないかと思います。

 そして、彼らが自分たちのやり方を続けることを可能にするために私たちができることは、"Protect Bear Butte a National Monument"に行き、自らの意志を表明することです。当初は4月4日までに世界中から50万人分の署名を集めることが目標だったようですが、まだ6000人弱で、署名継続中です。ここ数百人は、日本人の名前も多く並んでいます。

 じっと見守るとは、ただ傍観者であるということではなく、私たちが彼らの味方であり、彼らのやり方を尊重しているということを意志表示すること。直接手を延ばさずとも、しっかりと一緒に見て、守るという行動なのだと思います。遠く離れた日本からも、私たちが彼らの聖地に、文化に敬意を払っていることを示す方法があるのですから。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。
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2006年04月29日

愛国心は必要か?

 政府が日の閣議で、教育基本法改正案を決定しました。「愛国心」を盛り込むことを巡って、各方面で議論がされました。最終的には「愛国心」という言葉は使わずに、「我が国と郷土を愛する」態度を養うという表現に落ち着いたようです。

 改正案は前文と18条で構成される。前文には、現行法が重視していた「個人の尊厳」に加え、「公共の精神を尊び」や「伝統を継承」との表現が加わった。

 教育目標には、「愛国心」の表現として、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うと盛り込んだ。
出典:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060428i203.htm

 かつて「愛国心」の名のもとに行われた戦争とそれにまつわる数々の非人道的行為を考えれば、多くの人が「愛国心」という言葉を、あるいはそれから連想される「お国のため」という発想に警戒心を抱くことは理解できます。僕自身も、この言葉にいいイメージを持っていません。

 と同時に、今の日本は、自虐的とも言えるほどに「愛国心」のない国になってしまったのではないかとも思うのです。このことは特に、海外に行ったときに感じます。おおよそどの国を訪れても、その国の人々は、自分たちの国に誇りを持っており、胸を張って「私は●●人で、そのことを誇りに思う。自分の国●●が好きだ。」と言います。こうした発言は聞いていても気持ちがいいですし、とても自然な感情だと思います。

 それでは今の日本に、「自分は日本人であることを誇りに思うし、日本という国が好きだ」と堂々と言う人がどのぐらいいるでしょうか。国旗をかかげて、日本を堂々と主張したり、応援したりできるのは、今やオリンピックやワールドカップなど、スポーツイベントのときだけになってしまってはいないでしょうか。

 もちろんだからと言って、いつも国旗を掲げよ、国家を愛せ、などと言うつもりはありません。政治的な意図なしにただ素朴な気持ちで「日本が好きだ」とか、「日の丸ってきれいだな」と言いにくい雰囲気が、別の意味でファナティックにすら感じることがあります。それに何より、自分の国を愛さなければ、その国も、文化も、持続するはずがありません。

 以前からそんなことが、どうも自分のなかでしっくりしていなかったのですが、今や大ベストセラーになった「国家の品格」を読んだとき、このことがスキッとしました。

 著者の藤原正彦氏は、愛国心には二つの側面があると言います。一つはナショナリズム(nationalism)、つまり国益主義であり、もう一つはパトリオティズム(patriotism)、祖国愛です。「この二つのもの、美と醜をないまぜにした『愛国心』が、国を混乱に導いてしまった」のであり、祖国愛は戦争を引き起こすのではなく、「祖国愛のない者が戦争を起こすのです。」

 明解かつ、卓見であると思います。愛国心の意味をわざと祖国愛から国益主義にすり替える人が二度と出てこないように、この二つを峻別するように、愛国心という曖昧な言葉を避けることは、とても良いやり方のように思います。

 もう一つ、同書の中で藤原氏は鋭い指摘をしています。氏は家族愛、郷土愛、祖国愛、人類愛を「四つの愛」と呼んでいますが、この順番が大切だというのです。家族愛の延長に郷土愛があり... なのであって、人類愛が先ではないと言います。その通りだと思います。

 さて冒頭の教育基本法ですが、「国と郷土を愛する」が純粋な祖国愛だけを意味するように、そして国家が個人に優先されないことを、しっかりと見守りたいと思います。

今日も読んでくださって、ありがとうございました。
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2005年12月28日

『ホテルルワンダ』試写会

 昨日に続き、映画のご紹介です。
 
 新年になってすぐ、とても興味深い映画の試写会とシンポジウムがあります。僕はまだ行けるかどうかわからないのですが、まずはご紹介だけと思い、転載しますね。


 さて、いよいよ今年も残りの日数がカウントダウンですね。僕はこれから国外逃亡、今年最後の南下です(笑) 旅行先からはうまくネットにアクセスできるかどうかわからないので、ブログの更新も今年はこれが最後になるかもしれません。

 8月から始めたサステナ・ラボですが、なんとかほぼ毎日更新を続け、毎日コンスタントに150名前後、多いときには200名近くの方が訪れてくださるまでになりました。webサイトとしては弱小零細サイトですが、内容を考えると結構すごいことなのではないのかと思います。毎日、あるいはときどき覗いてくださる皆さんに感謝しています。

 来年は一段とパワーアップして、より有用なサイトにしていきたいと思いますので、どうぞ引き続きご愛顧のほどをお願いします。

 それでは、皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください!
 
   あだなお@成田

=====ここから転載=====

【今、アフリカで何がおこっているか−『ホテル・ルワンダ』のメッセージ】シンポジウム・チャリティ試写会

NPO法人 ピースビルダーズ・カンパニーは、アフリカの紛争問題をテーマにしたシンポジウムを開催いたします。これにあわせて1994年のジェノサイド(大量虐殺)時のルワンダを題材にした映画『ホテル・ルワンダ』の主人公のモデルになったポール・ルセサバギナ氏をお招きし、ご講演をいただいた後、議論にも加わっていただきます。また配給会社のご好意により、シンポジウムの前に、『ホテル・ルワンダ』の試写会も開催いたします。

ピースビルダーズ・カンパニーとは…
2005年8月、「国際平和都市」広島に設立。理論と経験を踏まえた平和構築(ピース・ビルディング)事業の実践、研究、提言、情報提供、人材育成などの活動を通して、平和を創り出そうとしている人々を支援する団体。

日時:2006年1月6日(金) 午後3時30分〜午後8時(開場 午後3時)
主催者挨拶の後、2時間の映画上映、続いて、午後6時からルセサバギナ氏の講演と質疑、パネルディスカッション。

場所:有楽町朝日ホール
〒100-0006 東京都千代田区有楽町2-5-1 有楽町マリオン11F
Tel 03-3284-0131 http://www.asahi-hall.jp/yurakucho/index.html
交通:JR有楽町駅 中央口または銀座口
地下鉄(丸ノ内線・銀座線・日比谷線)銀座駅 C-4出口
地下鉄(有楽町線)有楽町駅 A-6、A-7出口 いずれも徒歩1〜2分
http://www.asahi-hall.jp/yurakucho/access/index.html

出演者:
・ポール・ルセサバギナ(映画の主人公のモデル)
・松本仁一(朝日新聞編集委員)
・武内進一(アジア経済研究所アフリカ研究グループ長)
・篠田英朗(NPO法人ピースビルダーズ・カンパニー代表。広島大学平和
科学研究センター助教授。)
参加費:入場無料。要予約。
ホームページ http://www.peacebuilders.jp からお願いいたします。

主催:NPO法人 ピースビルダーズ・カンパニー
共催:『ホテル・ルワンダ』日本公開を応援する会
後援:朝日新聞社、アムネスティ・インターナショナル日本、
UNICEF駐日事務所、国際協力機構(JICA)
協力:メディア・スーツ、日本航空、UNHCR駐日事務所

問合:NPO法人 ピースビルダーズ・カンパニー(担当・藤(フジ))
e-mail:office@peacebuilders.jp TEL:080-3871-0337


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皆さんのコメント、お待ちしています。
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2005年10月31日

沖縄にこだわる理由

 辺野古のことを2回連続で書きましたが、僕がなぜ辺野古に、沖縄にこだわるのかをちょっと書いておきたいと思います。

 辺野古の自然が素晴らしいもので、また貴重であるのは勿論です。ジュゴンもいますしね。しかし、それ以上に沖縄には何かしなくてはと感じるのです。そう思うようになったのは、海軍豪跡を訪れてからです。

 海軍壕跡というのは、那覇市南部にある沖縄戦の最後の日本軍司令部のあったところです。沖縄は太平洋戦争で唯一地上戦があり、その惨状はひめゆり部隊の話などでご存じの方も多いでしょう。しかし、いざ沖縄に旅行に行くとなれば、修学旅行生でもなければ、ひめゆりの塔ですら、なかなか訪れないのではないでしょうか。

 米軍が本島に上陸し、追いつめられた日本軍は、那覇市南部にある海軍壕という細く長い壕の中に退却。しかしついに、これ以上の戦闘は不可能と悟ります。海軍部隊司令官の大田実少将は6月6日にここから海軍次官に「…沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という電報を打電した後、6月13日に自決したそうです。きわめて異例な内容の電文です。それだけ、大田少将も沖縄県民の犠牲を肌身に感じていたということでしょう。
Kaigugo.jpg

 そして戦後、「日本」は沖縄に何をして来たのでしょうか。長い占領が終わり、1972年にようやく米国から返還された後も、県のなんと25%の面積には米軍が居座ったままです。住民の生活は様々な場面で抑圧され、一方的に被害を受け、しかし、その状況はほとんど改善されることはありませんでした。大田少尉の切なる願いは、海軍にも、後世の政府にも、一切届いていないように思います。

 環境破壊も、米軍に従属した戦争加担も本当にいい加減にして欲しいけれど、それ以上にこのまま沖縄にだけ負担を押しつけるのは止めて欲しい。歴史に疎い僕は、沖縄戦の具体的な中味は、しばらく前まで正直言って知りませんでした。しかし、平和の丘やひめゆりの塔など訪れ、海軍壕跡で大田少将の電文を読んだ後、沖縄の人々の苦労を労うどころか、基地を押しつけて知らん顔の「日本」を、とても恥ずかしく感じました。それを知らなかった自分のことも含めてです。

 もっと具体的に何か沖縄に貢献したいと思いますが、まずは辺野古で起きていることを知らせたいし、海軍壕も紹介したい。(まだ行ったことがない方には、次に沖縄に行かれたときには、是非訪問なさることをお薦めします。)それがブログを通しての、ささやかな一歩です。

 こういう話はあまり興味はないという人もいらっしゃるでしょうし、持続可能性とは関係ないだろうと思われるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか。力関係の弱いところに負担を押しつけることは、とてもフェアであるとも、持続可能であるとも言えません。もちろん、戦争は最大の環境破壊ですし、社会破壊です。公平で安心できる社会を妨げるあらゆる障害について、一つひとつ考え、発言し、行動することが、持続可能な社会を作るためには必要なはずです。残念なことにそのいずれもが、今の沖縄を巡る状況には実現されていないし、報道すらなされていません。だからそれを伝えるのも、サステナ・ラボのコンテンツに相応しいと考えています。長々と説教臭いことを書いてすみませんが、どうぞお許しください。

参考リンク
大田実少将の電文 (ひらがな表記)
http://tana.pekori.to/tear/log/0465.html
http://karasong.blog2.fc2.com/blog-entry-119.html

旧海軍指令壕
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kaigunngou.htm

沖縄戦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6
posted by あだなお。 at 23:27| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月30日

辺野古で逮捕者

 一つ前の記事で辺野古への強引な基地移転のことを書きましたが、昨日、それに関して逮捕者が出た模様です。
 以下にwebからの情報を転載しますが、これを読む限りは不当逮捕のように思えます。県が言うことを聞かなければ特別措置法で県の自治権を取り上げ、平和的に説明を求める人を公務執行妨害で逮捕するなんて、理解できますか? とても民主国家のすることには思えません。

 一方、昨日の日経には自民党の新憲法草案では、自衛軍保持を明記し、さらに憲法改正のための条件が緩和されるとなっています。このままでは本当に歯止めが効かなり、持続可能な社会とはまったく正反対の方向に暴走が始まりそうです。

=====ここから転載=====
BCCで重複送信 転送歓迎

沖縄の平良夏芽です。平和行脚中の日本山妙法寺の木津博充上人(69才)が沖
縄署に「公務執行妨害」で不当逮捕されました。沖縄署に抗議の声を!
電話 098-932-0110 沖縄市胡屋2-4-3 沖縄署
明日(30日)午前10時から沖縄署の前で緊急抗議集会を行います。集まって
下さい!!

詳細(情報が錯綜して不確かな部分もあります)

2005年沖縄平和行脚ご祈念をしていた日本山妙法寺の木津上人らは、嘉手納
第二ゲート(第一ゲートという話しもある)付近の歩道で座り込みを開始し、基
地に入る車にビラを配布していた。警察車両が集まってきて、ビラ配布を禁止、
また一行の車両が駐車違反であるので移動するように命じました。一行はビラ配
布を中止。木津上人が警察の責任者とおぼしき人物に、禁止と車移動の理由を問
いただしたが無視してパトカーに乗り込み立ち去ろうとしたので、パトカーの傍
らの歩道の縁石に腰掛け、パトカーの助手席の警察官と視線の高さを合わせて、
問いただし続けた。パトカーはそれでも移動しようとしたが、上人の足がタイヤ
とタイヤの間に入っていて邪魔で走行できないとのことで、公務執行妨害で逮
捕。

一行は、今日の宿泊地である糸満へ移動。芳澤弁護士と三宅弁護士が接見済み。

抗議の声と、明日の10時沖縄署前に集合!!
=====ここまで転載=====
URL: http://www2.ezbbs.net/16/ufuzato/より転載

※個人のメールアドレス、電話番号等は転載にあたって削除しました。
※警察署の電話番号は公開されているものですのてそのまま掲載しました。
 いたずら電話は業務威力妨害になる可能性があります。厳に謹んでください。

関連記事
「しんぶん赤旗」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-10-30/2005103015_03_2.html
posted by あだなお。 at 20:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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