2010年11月24日

私たちは何を食べさせられているのか

 食べるってとても大切なことですよね。人間は食べなければ生きていけないし、あたり前ですけれど、私たちの身体は、私たちが食べたものでできている。そして、それを支えてくれるのは他の生きものたちの命。だから、食べることは命のリレー

 そんなことを私たちは誰でも知っているはずですし、だからこそ他の生きものの命も大切にしなければならないことも理解しているはずです。肥沃な大地で育った穀物、太陽をいっぱいに浴びて育った野菜や果物、豊かな自然環境に囲まれて育った家畜。そんな健康的でおいしい食事を、私たち誰もが欲していますし、そんなものを食べている気になっています。

 しかし実際にはそうではないということは、皆さんもう薄々気がついているんではないでしょうか。しかし、これほどまでとは、この映画を見るまでは思わないでしょう。私たちが何を食べているか、いや食べさせられているか、その現実を突き付けてくれる映画が間もなく日本でも公開されます。

 映画の名前はその名も"Food, Inc."、つまり「フード・インク」=「食品株式会社」です。食品は今や農場ではなく、「工場」で工業的に作られているということを象徴したタイトルです。そんな馬鹿なと思われるかもしれませんが、大規模農場に詰め込まれるだけ詰め込まれて飼育された家畜や、近代的農場や温室で作られて大型機械と大型工場で処理、パッケージされている食品は、たしかに工業製品という名前の方が相応しく思えます。



 こうした「工業化」は、効率化という名のもとに行われ、その結果、今やごく少数の大資本が寡占しています。アメリカではわずかに4社が全米の牛肉の8割を支配しているというのですから驚きます。かつては全米で数千とあった屠殺場は、今や13に集約されたそうです。あの広いアメリカで、たったの13です。そして、一時は優良な職場であったのが、今や不法移民による危険な職場になってしまっているのです。

こうなると地域の企業はもちろん、個人農家などもう誰も反抗できません。こうした寡占企業のやり方にNoを言えば、農業を続けることは出来ないからです。それどころではありません。大腸菌で汚染されたハンバーガーで幼子を失った母親がハンバーガーのことを発言しただけで、訴えられるというのです。もう無茶苦茶です。

 日本はさすがにここまで酷くはないと思いますし、それが救いなのですが、このまま日本の農業も自由化が進めば、あっという間にアメリカの大農業企業に取り込まれてしまうかもしれません。しかも、それは単に経済的な問題というわけではないのです。

 なぜなら、これほどの集約化が行われて、必ずしも経済的にメリットがあったというわけではないからです。むしろ食品が安くなったのは、政府からの補助金でトウモロコシや大豆などの穀物が異常に安くなったことが大きいのです。その結果、牛も、豚も、鶏も、まぐさではなくトウモロコシや大豆の濃厚飼料で促成肥育され、また、トウモロコシを原料としてありとあらゆる食品・飲料が格安で作られるようになった部分が大きいのです。

 お店買うハンバーガーの価格が、家で作る食事よりもとてつもなく安く、炭酸飲料の価格がミネラルウォーターよりも安いのは、まさにそうしたカラクリがあってこそなのです。しかし、そんなものを食べ続けていれば、飲み続けていれば、どうなるかはお分かりでしょう。肥満や成人病の治療にかかるコストを考えれば、個人にとってはもちろん、社会全体にとっても決して安くない食事なのです。

 この映画は名著「ファストフードが世界を食いつくす」の著者エリック・シュローサーが共同プロデューサーとして参加しており、当初は「ファストフード..」のドキュメンタリー版ということで企画が始まったそうです。しかし、それをすべて映像化することは難しく、途中で方針変更となったそうですが、それでもその本に出て来るエピソードのいくつかが映像で表現されており、印象的です。

 例えば、ハンバーガーに含まれる大腸菌で、アメリカでは少なくない子どもたちが死亡するという痛ましい事件が過去に何度も起きています。なぜそんなことが起きるのか、「近代的工場」の規模やプロセスを見れば、一目瞭然でしょう。

 しかしもっと衝撃的だったのは、O-157などの悪性の大腸菌は、濃厚飼料を食べさせられた牛の胃の中で発生したという事実です。牛の胃はもともと濃厚飼料を食べるようには出来ていません。まぐさを食べていれば健全に機能する牛の胃でも、濃厚飼料を食べ続けさせるとおかしな菌を作ってしまうというのです。

 いまアメリカの人々に起きていることは、もうその随分前に動物たちに起きていたということなのかもしれません。そしてこのまま放っておけば、日本でも同じことが起きてしまうのでは。そんな背筋の冷たくなる未来が脳裏に浮かんで来ます。

 それでも、この映画には救いも用意されています。そのアメリカでも、いやそういうアメリカだからこそかもしれませんが、昔ながらのやり方、つまり有機農法で安全な食品を、無理のない量だけ作っている人たちがいるということです。

 そして昔ながらのそのやり方は、「近代的工場」のような管理をしなくても、はるかに安全で、そしてはるかにおいしい食品を提供できるということです。価格は激安ではないかもしれませんが、その内容を考えればリーズナブルであり、長い目で見れば決して高くないはずです。

 「システムを変えるチャンスが1日に3回ある」といいます。そう、朝食、昼食、夕食に何を選ぶのか、何を食べるかです。
[食の安全のために私たちができること]
ー労働者や動物に優しい、環境を大事にする企業から買う
ースーパーに行ったら旬の物を買う
ー有機食品を買う
ーラベルを読んで成分を知る
ー地産食品を買う
ー農家の直販で買う
ー家庭菜園で楽しむ(たとえ小さくても)
ー家族みんなで料理を作り、家族そろって食べる
ー直販店でフードスタンプが使えるか確かめる
ー健康な給食を教育委員会に要求する
ー食品安全基準の強化とケヴィン法を議会に求める

 すべての食事で完璧にというわけにはいかないでしょう。それでも、出来るだけまっとうな食品を選び、まっとうな食事をする。その行動が自分と社会と環境の健康のためにとても意味がある、そんなシンプルなことを改めて意識させてくれる映画です。

 私たちは、私たちが食べたものでできています。それと同じように、私たちの社会は、私たちが選んだ方に進んでいくのです。今までも食べ物に気を付けていたつもりですが、これからは値段ではなく、質で選ぼう。そう固く決心させてくれた作品です。

 公開はお正月から、シアター・イメージフォーラムを皮切りに全国で行われる予定だそうです。ぜひ皆さんもご覧ください。詳しい内容や公開スケジュールについては、以下の公式サイトからどうぞ。
「フード・インク」公式サイト

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2010年11月23日

各国は名古屋議定書をどう見たのか?

 名古屋議定書が採択されたことやその中身について、日本以外の国はどう見ているのでしょうか? 予定より随分と遅くなってしまいましたが(^^;)、ご紹介しましょう。

 インド第二の英字紙であるThe Hinduは、「名古屋議定書はインドの大勝利」という大きな見出しを掲げました。インドは次のCOP11の開催国であると同時に、生物多様性が特に豊かな世界で17のメガダイバーシティ国家の一つでもあります。そのインドのジャイラム・ラメシュ環境大臣は、派生物と病原体がABSの一部であることが認められたことはインドの大勝利だ語っています。そして世界最大の遺伝子資源の利用国である米国をこの枠組みに組み込むことが、2012年のCOP11の最大の目標だとしています。
出典:"Nagoya Protocol, a big victory for India"(The Hindu 2010/10/31)

 それでは、先進国はどうでしょうか? BBCは採択が行われた直後に配信された記事の中で、「ABSはEUにリードされ、いくつかの重大な譲歩の結果、解決された」と報じています。特に「専門的には派生物と呼ばれる遺伝子資源から得られたすべてもの(anything)をカバーする」ことになったことを強調し、これは以前よりずっと範囲が広がって合意されたと報じています。
出典:"Biodiversity talks end with call for 'urgent' action"(BBC 2010/10/29)

 もっといろいろとバラエティのある意見を紹介しようと思ったのですが、実は名古屋議定書について詳細に報じている海外メディアは案外限られていました。そこで、COP10の間、毎日議論の進展を報じてきた"Earth Negotiations Bulletin"のCOP10 Final号の記事をご紹介しましょう。
 ENBでは、名古屋議定書は「創造的曖昧さの傑作」(“masterpiece in creative ambiguity)であると評し、様々な問題を解決するのではなく、バランスの取れた妥協を提案してどうにでも解釈できる短くて一般的な提案を行ったので、実施が難しいだろうとしています。そして、派生物の問題については、途上国が提案してきたように広い解釈ができる一方、それが利益配分の義務の対象であると明示していないことを懸念しています。時間をかければもっと良い成果は出来たかも知れないが、時間がかかりすぎることで議定書が完成できなくなってしまうリスクを避けたのであろうという分析です。後は暫定委員と各国による実施時の問題になるが、それはかなり困難なものになるであろうと予測しています。

 そのようなわけで、やはりかなり解釈の幅のある議定書と言えそうです。僕なりの解釈は近々ECO JAPANの「COP10の歩き方」に番外編として掲載予定ですので詳しくはそちらをご覧いただきたいと思います。

 そして最後に一言だけ付け加えておきたいのは、一部のメディアが報道したように「(広義の)派生物が含まれない」ということはあり得ないということです。むしろ合意の曖昧さを盾に、資源提供国はこれもあれもみんな利益配分の対象だと今後さらに主張してくる可能性が増えると考えられます。結局は個別交渉でどう合意するか次第ですので無闇に警戒する必要はありませんが、自分たちにとって都合のいい解釈だけをしていると痛い目にあうかもしれません。その点だけは、十分に注意した方が良さそうです。

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2010年11月03日

名古屋議定書の誤報?

 COP10は先週の金曜日、正確には土曜日の未明にABSに関する名古屋議定書と、2020年に向けての愛知ターゲットという大きな成果を残し、閉幕しました。特に名古屋議定書はこれまでもめにもめてきたもので、直前まで、いや会議が終わるギリギリまで合意がなされなかったので、採択が危ぶまれていました。正直言って、僕もまず採択されないだろうと思っていました。

 その大変な難題であった議定書が出来たのですから、日本は議長国として大きな役割を果たしたと言えるでしょう。日本のメディアはこぞってそのように書きたてました。議定書の中身も日本の報道を見ると、利益配分の適用を植民地時代にまで遡及するという途上国の主張は退け、また、肝心の派生物についても「明確に言及せず」、一方、途上国への資金動員を支援する多国間基金を設けることと、不正を監視する機関を一つ以上設置する、というような表現が見られました。

 以下具体的な例を挙げましょう。

遺伝資源を加工した「派生物」は事実上、議定書の利益配分の対象から除外された。
出典:「COP10:名古屋議定書に合意 議長案、受け入れ 遺伝資源、不正利用を監視」(毎日新聞、2010年10月30日)

生物資源から開発した商品など「派生物」の範囲は、化学合成されたバニラエッセンスなど原材料そのものを含まない商品は対象としない。
出典:「米に条約加盟促す 名古屋議定書、議長案提示」(中日新聞、2010年10月30日)

 しかし、これが本当だとすると、途上国はなんでこんな不利な議定書に合意したのでしょうか? 一般的な派生物を含まなければ、ほとんど実質的な利益還元は出来なくなってしまいます。

 ところが、日経の報道は少し雰囲気が違います。
途上国などが求めていた、生物が持つ成分を化学合成などで改良した「派生物」についても原産国に利益を配分する余地を残した。
出典:「生物の産業利用に国際ルール 名古屋議定書を採択」(日本経済新聞、2010年10月30日)

 さらに、産経、朝日、時事などはまったく反対の印象です。
利益配分の対象については、植物や微生物などをもとに企業が開発した「派生物」も含まれると、途上国の主張が取り入れられているが、個別の契約の中で実施するため先進国も受け入れやすい内容になっている。
出典:「【COP10】「名古屋議定書」合意 「愛知ターゲット」も」(MSN産経ニュース、2010年10月30日)

利益配分の対象範囲は、研究開発で資源を改良した製品(派生品)の一部も含むことができるとした上で、契約時に個別判断するとした。
出典:「生きもの会議、名古屋議定書採択 遺伝資源に国際ルール」(asahi.com、2010年10月30日)

途上国側の主張に沿って利益還元の対象を遺伝資源の「派生物」に拡大することなどを盛り込んだ
出典:「「名古屋議定書」を採択=対立乗り越え利益配分ルール−COP10 (時事通信)」(時事通信社、2010年10月30日)http://news.www.infoseek.co.jp/politics/story/101030jijiX113/

 うーむ、果たしてどれが正しいのでしょうか? ちなみに日本政府代表団の「結果概要」では、「派生物、遡及適用、病原体等いくつかの論点での資源提供国と利用国の意見対立が続いたことを踏まえて、最終日に我が国が議長国としての議長案を各締約国に提示し、同案が「名古屋議定書」として採択された。」とあるだけで、最終的にはどういう結論になったかはわかりません(^^;) 

 こういうときには原文にあたるのが一番なのですが、決議案L.43 ver.1を見てみると、こんなややこしいことが書いてあります。ちょっと長いですが、引用しますね。
Article 2
USE OF TERMS
The terms defined in Article 2 of the Convention shall apply to this Protocol. In addition, for the purposes of this Protocol:
(a) “Conference of the Parties” means the Conference of the Parties to the Convention;
(b) “Convention” means the Convention on Biological Diversity;
(c) “Utilization of genetic resources” means to conduct research and development on the genetic and/or biochemical composition of genetic material, including through the application of biotechnology as defined in Article 2 of the Convention.
(d) “Biotechnology” as defined in Article 2 of the Convention means any technological application that uses biological systems, living organisms, or derivatives thereof, to make or modify products or processes for specific use.
(e) “Derivative” means a naturally occurring biochemical compound resulting from the genetic expression or metabolism of biological or genetic resources, even if it does not contain functional units of heredity.

 これを読むと、「遺伝子資源の利用」の中にはいわゆる「派生物」(薬品等)が含まれているようです。ただし、このプロトコルの中で使われるderivative(派生物)という言葉には、そうした薬品等は含まれず、生物が自然に作り出したものしか含まないようであることがちょっとややこしいのですが...

 というわけで、このArticle 2を素直に読めば、今回の議定書はあらゆる派生物を含むことになるようです。なるほどそうであれば、途上国がこの議定書に合意したのも頷けます。どうもこれは一部の報道機関の誤報と言っていいのではないでしょうか。

 日本のメディアには、「派生物が含まれた」ことについてその影響を含めて詳しく論評しているところはあまりないようですので、それでは海外はどのように受け止めているのでしょうか? 続きは明日ご紹介したいと思います。

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2010年10月21日

COP10が始まりました!

 月曜日から生物多様性条約のCOP10が名古屋で始まりました。私も2週間の期間中はずっと名古屋に滞在し、会議やイベントに張り付いています。

 既に皆さんご存じかと思いますが、今回の締約国会議の目玉は二つ。いわゆるポスト2010年目標、2050年のビジョンとそれを達成するための2020年に向けてのミッションを決めることです。どこまで踏み込んだものにできるかはわかりませんが、何かしらのものはできるでしょう。

 もう一つは、ABS、つまり遺伝子資源へのアクセスと利益配分のルール作りです。うまく合意できれば、「名古屋議定書」が採択されることになるわけですが、これはまだまだもめています。

 この2週間ぐらいメシアからの取材や問い合わせが非常に多かったのですが、皆さん特に後者のABSに興味が集中していました。やはりお金が動くところに、あるいはわかりやすい南北対立の構図にひかれるのでしょうか...

 ABSについて詳しくは、日経電子版の連載「経済を変える生物多様性」の以下の記事を書きましたので、ご参考になさってください。
第8回「遺伝子資源の利益配分に関する国際ルール『名古屋議定書』は採択できるか?」

 COP10は公式の議論もその周辺で行われるサイドイベントも非常に多岐にわたり、全体像を掴み、また必要な情報を集めるのは非常に難しいのですが、企業人にとって 役立ちそうなことを僕なりにまとめてご紹介することにしました。日経ECO JAPANの特設コーナー、「ビジネスパーソンのための『COP10の歩き方』」でほぼ毎日発信していますので、最新情報はこちらをご参照ください。

 公式の会議の様子は、Webでも見ることができます。今回はなんと日本語のチャンネルもありますし、ライブだけでなくオンデマンドで既に終わったセッションを後から見ることも出来ます。実際の議論の様子を見てみたい方は、以下でどうぞ。
COP10ビデオ中継

 一方、こうした公式の中継の他に、「生物多様性交流フェア」の見所をUstreamで紹介しようというボランティアの方々の取組もあります。例えば、以下はいかがでしょうか?
■Ustream「生物多様性交流フェア

 新聞情報でしたら、「あらたにす」が、日経・朝日・読売の関連ニュースをまとめて読めるようになっています。

 それ以外に、様々なNGOやボランティアなどが情報発信をしていますが、例えばWWFのスタッフの方のブログなどは、情報が豊富なようです。
WWFジャパンスタッフブログ

 twitterでは、僕をフォローしていただいてもいいのですが(笑)、#cop10や、#ej_cop10、#bdjpなどのハッシュタグを使うとよいようです。

 名古屋まで出かけられないという方も、インターネット上の様々な情報でCOP10の熱気と最新の情報に触れてくださいね。

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2010年10月07日

ワクワクする村

 今日からマニラなんですが、その話をする前に、先週岡山で聞いてきたおもしろい話をご紹介しましょう。
 岡山市で企業にとっての生物多様性の意味を考えるシンポジウムが開催されて、僕も参加して来たのですが、そこでお聞きした西粟倉村(にしあわくらむら)の取り組みが大変素晴らしいものでした。

 僕もそうですが、この村の名前を聞いて、どこにあるかすぐに分かる方はほとんどいらっしゃらないと思います。岡山県をネコのような動物の顔に喩えると、右上に耳のよう飛び出た小さな突起部分が、西粟倉村です。岡山に残る2つの村の一つです。

 つまりなんとか市町村合併を逃れた、しかし人口1600人あまりの、老齢化した山村です。失礼な言い方をお許しいただければ、森しかない、そんな村です。もちろんその森も、林業も、ご多分に漏れず衰退気味だったのです。

 しかし、一つ他の山村と違ったのは、諦めなかったことです。まだなんとか体力の残っているうちに、現状を変えようと思ったことです。誰が? おそらくもっとも腹を括ったのは村長さんでしょう。

 日本の山村はどこも、個人の小さな山持ちの集まりで、効率の良い施行が出来ず、そのことが林業がもうからない理由になっていると言われます。そこでこうした土地を買ったり、借りたりして、大面積で施行しようとするのですが、土地に対するこだわりもあり、なかなかうまく行かないのです。

 ところが西粟倉村では、すべてのリスクは村が負いますから、森だけ貸してください。50年前に植えられた樹を、これから50年間は村が守り、100年かけて資産価値の高い美しい森にするという「100年の森構想」を打ち出したのです。

 村人がすることは、村と管理協定を結び、土地を提供するだけ。費用や作業の負担はありません。なにしろ、すべてのリスクは村が取るのですから... 森林管理はもちろん生物多様性などにも十分に配慮した形で行い、何年か後には、全村(!)がFSC認証の森になる計画だそうです。
《参考リンク》
■「あなたの山をお預かりいたします。百年の森構想」(西粟倉村)

 森林管理の方法としてのアイディアもすごいのですが、それ以上に、自治体がこんなことを出来るのだというのが、本当に驚きでした。

 しかし驚くのはこれだけではありません。森林管理は村が事業として行うのですが、この木材を使って新しい産業を起すことが、こちらは他の地域からやって来た元気な若い人たちによって行われています。既に40人(すみません、いま出張中で手元にメモがないのでもしかしたら記憶が違っているかもしれませんが(^^;))がIターンで移住してきているのです。木工作家を始めとする才能と自由な発想に溢れた若者たちが、西粟倉で育った木を使って、新しい価値を生み出しているのです。
《参考リンク》
■「ニシアワー」(西粟倉・森の学校)

 その結果、まるで村全体が一つの組織のように(説明してくれた牧大介さんは会社のようとおっしゃっていましたが)、機能しているのです。この上のリンクの「西粟倉・森の学校」も、自社のことを「西粟倉村の営業部」と自称しているほどです。

 いやー、おもしろいなぁ。こんな風に出来るんだな。楽しそうだな。そんな月並みな言葉しか出てきませんが、話を聞いているだけで興奮してくる、ワクワクしてくるなんて、久しぶりの経験です。しかも、そんな場所が日本の中で現在進行中というのがすごく嬉しいですね。

 今回はお話をお聞きするだけでしたが、必ず一度訪問して、自分の目でいろいろと見たいと思っています。村長さんにもお会いしたいなぁ。そのときには、よろしくお願いします。>西粟倉村の皆様

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2010年09月28日

「生物多様性経営」発売になりました

 以前にも予告した新刊『生物多様性経営 持続可能な資源戦略』がいよいよ発売になりました。昨日27日が全国発売日だったのですが、昨日はご報告する余裕がなくて、一日遅れでのご紹介です。



 漢字が並んで、ちょっと取っ付き難い印象かもしれませんが、表紙は鮮やかなモルフォ蝶。平積みしてあれば、すぐにわかります(笑)。なぜモルフォ蝶が表紙なのかは.... 本書を読んでいただければきっとご理解いただけるでしょう。

 目次をざっとご紹介すると...
序章 「石油」から「生物」へ
第1章 自然にタダ乗りする「裸のサル」
第2章 自然生態系を壊す5つの企業活動
第3章 経済のルールが変わり始めた
第4章 生物多様性は経済条約ー名古屋COP10の意味
第5章 生物を救う3つの経済メカニズム
第6章 今、企業に求められていること
第7章 21世紀の「生物多様性経営」
終章 「自然の法則」に学ぶビジネスモデル
 となっています。

 もともとあまりそういうつもりではなかったのですが、出来上がってみると、企業と生物多様性に関わるトピックスはおおよそ漏れなくカバーされているので、これ一冊で企業と生物多様性についてほぼ理解することも出来ると思いますし、逆に仕事の現場で関わっている方にも目新しトピックスも、いくつかあるはずです。

 しかし、そんなことよりこの本の一番の特徴は、なぜ企業が生物多様性に取り組まなければいけないのかという問いに、正面からストレートに答えようとしたところと言っていいかと想います。

 僕が企業にとって生物多様性が重要である理由は、生物が資源として今後ますます重要になるということです。食料はもちろん、バイオ燃料、バイオプラスチック、医薬品..... 石油が今のように自由に使えなくなったとき、生物がそれに取って代わるはずです。なぜなら、生物資源は持続可能だからです。

 しかも生物資源には、私たちがまだ知らないような優れた性質もたくさんあります。これからそうした性質はどんどん発見されるでしょうし、私たちはそれを直接利用したり、真似ることで、環境負荷を削減することも可能になるはずです。

 しかし、そのためにはもちろん、クリアしなくてはいけない課題もあります。どこから生物資源を確保するのか? どうやって生物資源を持続させるか? そうした問題を今から考えておく必要があります。

 生物資源を確保することは、生物の生息地を確保すること。つまり、生息地を保全する必要があります。また、より多くの多様な特性を持つ生物資源を活用するためには、そうした性質を持つ多様な生物を保全しなくてはいけません。つまり、生物種の多様性を保全する必要があるのです。

 ここまで来れば、もう結論はおわかりでしょう。多様な生物の生息地を守ること、多様な生物種を守ること。これこそポスト石油時代に企業が成功する鍵であり、そのような「生物多様性経営」こそが、これからの企業のあるべき姿になるはずです。

 生物多様性を保全するために様々な手を打つことは、企業活動に足かせを課すのではありません。より持続可能な企業へと脱皮するために必要な準備をするということです。

 その先にどんな未来があるのか。そこに辿りつくために今企業は何をしなくてはいけないのか。僕の考えをすべてこの一冊に詰め込みました。ぜひお読みいただき、ご感想をお聞かせください。

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追記(2010/09/29)
 一つ重要なことを自慢するのを忘れてました(笑)。実はこの本、表紙も本文もすべてFSC認証紙を使っています。日本ではまだ珍しいと思うのですが、そうすることが生物多様性を本流化することにとって重要と思い、編集者の方が頑張ってくださいました。FSC認証紙の手触りも、ぜひ実物でご確認ください。


posted by あだなお。 at 23:50| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

飽きない味、飽きない街

 これまで海外というと、仕事でもプライベートでも東南アジアが圧倒的に多かったのですが、去年、今年となぜかわりとフランスと縁があります。というわけで(?)、先週は一週間パリに出張してました。

 月曜日は、先ほど22:50までNHK BS1で放映されていたPROJECT WISDOMの「生き物を守る"コスト"は誰が払うのか 〜途上国 vs 先進国〜」にビデオ中継で出演。別に演出というわけではないのですが(笑)、たまたまスケジュール上、こうなってしまったのです。

 翌日火曜日から木曜日までは、ビジネスと生物多様性オフセットプログラム、通称BBOP(Business and Biodiversity Offsets Program)のアドバイザリーグループの会合でした。生物多様性オフセットの国際ルール作りのために、原則、判断基準(criteria)、指標(indicator)作りの作業と、途上国に制度を導入するためのコンサルテーションが中心でした。日本からは僕を入れて4人が参加。企業からの参加者も2社あり、日本の企業の間でも少しずつ関心が高まっているのだと思います。

 しかし、もっとすごいのは途上国で、今回はアフリカとアジアからそれぞれ3ヶ国、計6ヶ国が参加。いずれも関係省庁の担当責任者で、これらの国へ生物多様性オフセットのプログラムを導入するための準備が始まっているのです。このまま進めば、これらの国々では、日本より早く制度が導入されるでしょうね。
 
 さて、ホテルに終日缶詰めとは言え、パリで会議だと嬉しいのは、食事がおいしいこと(笑) 朝食のパンとカフェも、コーヒーブレークのプティフールも、いちいちおいしいので、ついつい食べ過ぎてしまいます。もちろん夜もゆっくり食事を楽しみ、最後はフロマージュにデゼール... かなりカロリー過剰です(^^;)

 しかし、おもしろいのは、食べ物はおいしいし、いつもたっぷりなのですが、その内容はおそろしく保守的であることです。朝食のパンだったら、クロワッサン、パン・オ・ショコラ(チョコ入りのパン)、バゲットなどといつでも、どこでも、ほぼ決まっています。街中にたくさんあるブーランジェリー(パン屋さん)の店頭にもおいしそうなパンやケーキがたくさん並んでいますが、どこのお店でもバリエーションはほぼ同じ。食事も店によって若干の違いはあるものの、メインの料理などはほぼ同じ。

 もちろん味つけやプレゼンテーションは店毎にまったく異なるので十分楽しいのですが、日本のように変に凝った、不思議な新メニューは、あまり登場しません。保守的、頑固、変化が嫌い。ネガティブに捉えることもできるかもしれませんが、奇を衒ったりしなくても、完成度が高く、時代を超えた価値(おいしさ)に対する自信があるのだとも言えるのではないかと思います。

 一つひとつがおいしいことや、毎回時間をかけてたっぷり食事を楽しむことを見ていれば、食に対する興味が高いことは間違いありません。しかし、求めるものの方向性が、新しいもの、変わったもの、ではなくて、今までと同じでいいので、変わらぬ良いもの、なのでしょう。そして実際、同じようなメニューでも、決して飽きを感じることはありません。

 これは食べ物だけでなく、町の景色についても同じことが言えるように思います。ご存じのように、パリの街の中心部は、この百年ぐらい、あまり変わっていません。もちろんガラス張りのモダンな建物もいくつかはありますが、建ててから二、三百年という建物も少なくありません。その間に、電気を使うようになり、今やインターネットや携帯電話のネットワークも張り巡らされているのですが、電信柱やアンテナの類はほとんど目に付きません。建物の中は大幅に手を入れてリノベートしてあっても、公共の財産である建物や街の景観は、新しくするよりも、完成された、古いものを守ることに意味があると考えているのでしょう。

 そしてそのことが、フランスの観光客数世界第一位を揺るがぬものにしている一因であることは間違いないでしょう。翻って、東京に戻ってきて見れば...  統一感のかけらも感じられない、色と形の不協和音だらけの街並みに、毎度のことながら溜息が出てきます。一つひとつの建物は随分立派なものや、凝ったデザインのものあります。そしてもちろん、建物の新しさという意味では、圧倒的に新しいものばかりです。なのに、美しさやアイデンティティがまったく感じられない街並み.... かたや時間を経るほどに価値が高まるのに、かたや生まれたときがもっとも輝いていて、あっという間に価値は低下。同じお金をかけているのに、もったいないことです。

 食べ物も、珍しいもの、新しいものはたくさんあっても、しみじみとおいしいものは案外限られているのではないでしょうか。安いもの、珍しいものは、はじめのうちこそ人を惹きつけられるかもしれませんが、すぐに飽きられてしまいます。しっかりとした中身のある、きちんとした食べ物は、用意するのに手間もかかりますので、それなりの費用もかかります。しかし、その普遍的な価値はなかなか色褪せることはありませんし、その中でさらに深めていくという愉しみもあります。本当は日本人は、決められた枠の中でとことん突き詰めていくということが得意だったのではないかと思うのですが...

 変わらないけれど、飽きさせない。そのためにはどうしたらいいのか? 持続可能性を考えるのに、そんなことがヒントになりそうな気がしました。

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