水俣病研究や東京大学での公開自主講座で反公害運動に大きな影響を与えた沖縄大名誉教授(元東大工学部助手)の宇井純(うい・じゅん)さんが11日、胸部大動脈りゅう出血のため死去した。
74歳だった。
東京都生まれ。東大工学部卒業後、民間企業を経て、1965年に同学部助手に就任。独自に水俣病の原因究明に向け研究を行い、その結果を国際会議で発表。1970年からは、当時「象牙(ぞうげ)の塔」の象徴だった東大で、一般市民を交えて公害問題について学ぶ「公害原論」を、大学非公認の夜間自主公開講座として15年間にわたり主宰した。
企業や行政の側に立つ学者の姿勢を批判し、公害被害者と共に闘う姿勢は、全国の反公害運動に大きな影響を与えた。しかし、東大では昇進の道を閉ざされ、「万年助手」として全国にその名を知られることになった。
出典:反公害運動の闘士、宇井純・沖縄大名誉教授が死去(2006年11月11日 読売新聞)
《関連リンク》
■沖大名誉教授・宇井純氏が死去(沖縄タイムス)
■宇井純(Wikipedia)
■宇井純(沖縄大学研究者総覧)
■宇井純氏の著作
今日そのお葬式に参列しましたが、平日の昼間にあれだけの弔問客が集まり、宇井さんの影響力の大きさが偲ばれました。本当に惜しまれる方です。
会葬のお礼に、大変素晴らしい言葉が載せられていました。皆さんと共有したいと思いましたので、勝手にここで紹介します。宇井純さんの講演からの引用だそうです。
人生には、自然を破壊したり
人びとを苦しめたりしないで済む
そういう選択をする機会が必ずある
もし人が 生涯にたった一つでいい
本当に良かれと思う選択をしてくれたなら
この社会はきっと変わるはずだ
宇井純さんは良かれと思う選択を貫いた方だったのだと思います。だからこそ、普通は一人が成し得ないような影響を社会に与えることができたのです。私たちにはそこまでは出来なくても、ときどきでもこの言葉を思い出したいと思います。私たち一人ひとりが、見なかったふり、聞かなかったふりを止めれば、多くの人や自然が傷つかずに済むことがあるのですから。
心から御冥福をお祈りいたします。
今日もお読みいただき、ありがとうございました。
このエントリーが何かのヒントになれば嬉しく思います。
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